副長フーカ / 感想戦 / ひとそれぞれの正解
建造中の海防艦『択捉』で暮らす幹部候補生に、給仕はついていない。
だが共用スペースには深夜でも湯が沸かしてあり、自分で淹れて茶が飲めるようになっている。
イリス家の方針は、幹部候補生に規則正しく十分な睡眠をとらせることだという。
だがフーカは無視して深夜まで自習しているし、イリス様はフーカの行いを咎めない。
周りの生徒を誘ったり巻き込むこともあり、今日は私が、来たるべき海戦のシミュレーションだというボードゲームで対戦した。
感想戦において、フーカは質問のみ。
『相手の分断作戦に乗って、遊撃にうつるのが正解だ』とは、絶対に言わない。
フーカの戦いっぷりから見れば結論はそうとしか思えないにもかかわらず。
指摘すると、フーカはつまらなそうに答える。
「べつに『自分で気づかなければ意味がない』なんて、教育者気取りの悦に入った高慢ちきな妄想で演じてるわけじゃないわよ。
わたしがそう言わないのは、それが正解ではないから。私は間違ったことは言わないの」
いったいその言葉のどこが高慢でない物言いか。
「あたしだったら、ここで艦の進路を逆にとって分断に乗り、遊撃を選ぶ。
でもそれは、あたしが得意とする戦い方。
つまり『あたしが指揮する場合の』最適解にすぎない。
でも指揮者はあなたで、いまのあなたは艦を集めた状態で連携をとって戦うのが得意。
だから、あなたが指揮するなら、各個遊撃ではなく参集する得意な戦い方をえらぶことは正しい」
そう言い切ると、フーカは茶を飲み干す。
言動は荒っぽいが、カップを持つ手と動きは、どこまでも高貴。
実家でも見たことのない、自尊心に満たされた者の余裕を感じさせる。
「どうぞ」
スイが、言われる前に空のカップに茶を注ぐ。
まるで給仕だ。
フーカは当然という顔で受けて、しかし品を高く保ったまま、感謝の言葉をつげる。
「ありがとう」
「でもフーカ、私を相手するときは、最初から結論を押し付けますよね」
「あんた考えるの下手なのよ」
ばっさりだった。
「馬鹿の考えは考えなしより悪いわ。
あんたが自分で考えるくらいなら、あたしの戦法を丸暗記でマネしておきなさい。
あんたはマネすら満足にできてないけれど、それでもまだマシだわ」
「なんというか、すみません」
綺麗な瞳の鋭い視線に刺されながら、口悪くズタボロに酷評されても、スイはへこたれない。
「まあ、がんばりなさい」
素っ気ないフーカの言葉は、それでもフォローのつもりなのだろうか。
「そういえばフーカ、このまえ『質問は、答えるより考えるほうが難しい』って言ってませんでしたっけ」
「あら、よく覚えてるじゃない」
指摘されると、あっさりとネタバラシする。
「それも理由のひとつではあるわ。
ただ戦ってもあたしのレベルアップに繋がらないもの。
質問を投げるくらいしか、できることがないの」
仲間どうし切磋琢磨しないと、でしょう?
と、圧倒的実力差を前提にして、悪びれない。
とてもではないが『仲間』に対する行動と態度、言動ではなかった。
こうしてフーカと対峙するたびに、思う。
(どこから拾ってきましたの、このクソ生意気な女。)
自尊心の塊というだけなら、貴人の直系長兄長女はみなそうだ。
だが決定的に違っているところもある。
机上演習で見せるプライドに釣り合った確かな実力、艦内業務研修や、漁業実習のような艦外活動への真摯な姿勢。
「でも最初からハンデなんてつけたら、あなたたちのプライドを傷つけることになる」
「フーカさん、それを気にしているのに言動がいまの通りになっていますの?」
あとは、他者への関心のあり方。
私のいた家の『あいつら』は、直系たちはみんな、自分の優位を確かめるために、周囲の弱者を痛めつけ、辱める。
それを楽しみとさえしていた。
フーカには、他人と自分を比べたとき、見下して安堵しようという精神構造がない。
フーカにとって、いずれ優秀な船員になる幹部候補生たちから脱落者を出したくないという打算はあるのだろうけれど。
対戦ゲームに対する態度もまた、フーカは独特だ。
私も貴人の傍系、地上戦を駒で模した模擬戦は何度も見る機会があったが。
誰もが盤上を見て悩み、喜び、楽しみ、苦しみ、大小はあれ、なにかしら感情を表していたものだったが。
フーカほどフラットに駒を指す指揮者は見たことがなかった。
それは、他人を踏みつけることへの興味関心のなさが反映されている態度で。
喜ばないが、忌避感もないのだ。
取った選択に対する、好悪感情が一切ないのが恐ろしいくらいだった。