副長任命 / 少女艦長と2番目の少女
「そう」
フーカはそれだけ言った。
スイを艦長に据えるにあたって、殴られるまでは想定していたので意外に思う。
「正直言うとね、スイを艦長にするのは、フーカがいるから」
それはフーカにとってはこれ以上なく皮肉なことかもしれないが。
「過程はともかく、熱心に支えてくれる優秀な後輩がいる、というのが大きいわ」
生徒たちはフーカの言うことをよくきいている。
もう少し時間があれば、フーカも学生たちの支持と尊敬を集める、よい艦長になるだろう。
「あいかわらず無茶するわね。生徒が離反したらどうするのよ」
実際、生徒の多くは貴人の血筋で、指揮系統において平民出のスイの下につけて大丈夫か、という不安はある。
他の職員だって、娘のような年頃の少女が頭の上にいて自分たちの命を含め采配するというのは、よい顔をしないかもしれない。
「それに何より、私だって反発しそうなものじゃない?」
「フーカを信頼してる。だってそんな八つ当たり、フーカのプライドが許さないでしょう」
「嫌な奴」
「それに、実のところ生徒たちの統制については、フーカ頼りなのよね」
「スイの、ヒトの上に立つ資格がなんですって?」
「返す言葉もないわ」
「本当に、あたしを艦長にしてしまいなさいよ」
「そうよねぇ」
嘆息する。
「やっぱりあたしの出自?」
「それはある」
それについてはおたがい語ることも多くなく、周囲の目があるので、軽く触れるだけ。
フーカを匿っていること自体があるいは危機的なこと。
ましてや敵国の姫を初の艦長に据えたとなれば、それはいつ発覚しても、私たちの致命傷となりうる。
「あとは、後の人材募集を考えて、民間人材の重用をアピールする狙いとか。
フーカが、戦闘向きなのも考えものでね。
ごく近い将来、私たちの行く道の先には間違いなく多くの戦いが待ち受けている」
それはイリス様の自由を手に入れるため。
イリス様の命と自由を縛る『古代戦艦』を不要のものとするために。
私たちの人造艦船は、古代戦艦を圧倒し、必要とあらばそれらをすべて殲滅する。
「あなたはその戦いのことごとくに勝利して武功を挙げるわ」
フーカの勝利は、少しばかり希望的観測ではあっても、予測というより予定に近いと、私は考えている。
仮想敵である古代戦艦と、私たちの人造艦船に、圧倒的な戦力差がある一方で。
100年間も海戦がなかったこの世界で、他とフーカとでは、積み重ねてきた準備が違いすぎる。
「そんなあなたが最初の艦長というのは、あくまで艦船の平和な商業利用を謳う、漁業連合の看板には都合が悪い。
でも私たちには実行戦力が必要なことも、理解してる。
で、どうかしら」
「なるほどね」
ここまで話して、私の意図を読めないフーカではない。
あとはフーカ本人の意志。
「いいわよ。スイの指揮する択捉で、副長をやってあげる」
「ありがとう」
それともうひとつ、これもこの場で言うつもりだったが、交換条件みたいになるのは嫌だった。
「いずれ、択捉型の2番艦を預けます。ふたりめの艦長はあなたよ。フーカ」
スイが不十分とも思わないが、艦の運用と戦闘を指揮しうる最優秀者は間違いなくフーカだ。
「どうかしら?」
「悪くない。意外なことにいま、けっこういい気分だわ」
「まだまだこれからよ」
まだ初期艦『択捉』の進水式すらしていないのだから。