艦長指名 / 1番目の少女 / 平民艦長スイ
「今日も走らせてるの?」
「走らせてるんじゃない。一緒に走ったのよ」
そう言うフーカはしかし腕を組んで立ち、まだ走っている幹部候補生たちを教官然とした態度で見据えている。
制服には汗が染みてへばりついているが、フーカの呼吸はほとんど乱れていない。
老若男女入り乱れの集団、完走済みの生徒たちも周囲の地面でへばっている中で、フーカだけが他から抜きん出ていた。
セーラー服のまま走らせるのは、なんとなく変な気もするけれど、この服は学生服である以上に船員としての制服なのだった。
「全員、身体がちゃんとできてない。格闘修練とか以前の問題だわ。
何事も、身体ができているに越したことはないもの」
「身体を動かす機会がないから、なまってるとか?」
「そうね。そのとおり」
仮にも貴人家に連なるなら、それなりに良い暮らしをしているはず、という私の予想に反してフーカはさらりと。
「貴人家の日陰者は、いろいろ不自由らしいわ。自由に外にも出れないし、運動をする機会がない」
座敷牢、ということもないのだろうが。
フーカの横暴に文句が出ないのは、日の下で全力で身体を動かして咎められない環境もあるのかもしれない。
本人たちが良いならまあ、良い。
「血統から魔力操作ができる人材が多いのはいいわね。軍に出すつもりで魔力だけ訓練したのかも。でも体力がないのもソイツら」
言いながら目はそらさない。
「こらそこ魔力漏れてる! 1周追加!」
フーカの声はよく通る。
魔力保持者は、魔力を使えば身体を強化することができ、常人より早く長く走ることができる。
だがそれでは基礎体力がつかないのも事実で、フーカは魔力使用を禁じた状態で、択捉の横の空き地をぐるぐると走らせている。
彼らの多くは血統から魔力持ちで、魔力が使える者は魔力を察知することもできる。
全員の視線を浴びながら先頭を走ったフーカに、ズルをする余地はない。
フーカは魔力を誰よりよく制御し意識して封じこめ、誰より早く走りきり、その上で最も元気。
『頭脳労働を含め、何をするにもまずは体力よ』
そう言ったのが、ぶっちぎり最優秀な先任のフーカだから、みんな従っている。
年代性別種族文化血統すべてバラバラの集団で、声が大きいだけでは、誰もついてこない。
「それに、疲れ果ててるうちはバカなこともしないわ」
それはどうだろう、訓練が厳しくとも軍隊にイジメがはびこるのは世の常であるし。
ともあれ『先輩』として立てている都合もあり、フーカはスイを守ってくれるつもりらしい。
フーカならばスイを任せて大丈夫だろう。
そこは安心できそうだ。
が、それとは別に。
「なによヨナ、浮かない顔ね」
「なんか軍隊みたいで好きじゃない」
うんざり顔をしている自覚はある。
軍隊みたいな組織を作った張本人が、どの口で言うか、という自覚もある。
「でも、あの子たちに死んでほしくもないのでしょう?」
老若男女入り乱れの集団に『あの子』というのは不適当な気もするが。
それはそう。
そして私には、フーカのように幹部候補生たちを導く指標もなにも、ないのだった。
「で、浮かない顔なのは、それだけが理由じゃないんでしょ」
「ええ、そう」
これは話の内容までお見通しなのだろうな、と感じながら、話す。
「択捉の艦長なのだけれど、スイにするわ」