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エーリカ様の依頼

「国境付近の街で交渉の立会をすることになったの。イリスヨナに街の河川港湾までの護送を依頼するわ」


汽車で飛び回っていたエーリカ様が、いつものように来訪したと思ったら、突然仕事の依頼が発生した。


立会の日程は7日後。イリスヨナでの移動にかかる日数は5日。


消耗品を中心に、貴人用の物資を運び込む。言うまでもいがイリス様も貴人なので、イリスヨナにもひとり分の備蓄や準備はある。

でも急には数を用意できないものもあったので、半分ほどはエーリカ様が用意した物資の持ち込みとなった。


このへん、もし今後も依頼を受けるようなら考えないといけない。具体的には、武器の持ち込みや麻薬等禁制品の密輸の危険がありうる。


あとこれはすっかり想定から抜けていたのだが、河川の通行許可。これもエーリカ様が手配してくれた。

大型船がなくても河川水運や漁業はあるので交通権が管理されている。直轄管理されているイリス伯領地を除けば、河川も陸軍系統の管轄だというのが、ちょっと面白かった。


面白がっている場合ではないのかもしれないけれど。


----


急な仕事でバタバタしたものの、とりあえずミッキをイリス家の『工房』とやらに放り込んできた。


それだけはなんとかした。

イリスヨナのワガママ発動で。


『私の部品と武装を、気に入った職人に作らせたいのよ。文句ある!?』というわけだ。

身勝手な船だと、イリス家に見限られなければ良いのだが。

船を作りたい、というのは話が大げさになると困るので、一旦伏せている。


----


エーリカ様と、その護衛2名に使用人が2人。

合計5人のお客様がイリスヨナに乗船する。


イリス家からもエーリカ様のお世話を手伝うために、使用人が4名ほど追加されている。彼女たちを統括するのはエミリアさん。


驚いたことに、エミリアさんはイリスヨナの乗員だった。イリス様をお世話する専属従者。それだけでなく、陸ではメイド長補佐であり、就航中は船医なのだそうだ。

初陣のあの日も医務室に居たそうなのだが、まったく気づかなかった。


乗員が膨れたものの、イリスヨナはその広い艦内をほとんど空きにしたまま、エーリカ様を運ぶために出港した。


おかげで漁業もしばらく放り出すことになってしまった。海辺の人たちには最低限の道筋は付けてきたが、信頼関係を損ねてこれまでの関係が壊れてしまうかも。

予想はしていたが、イリスヨナが身一つだけである以上、運送業との兼業は難しいだろうか。


出港のバタバタが落ち着くと、することがなくなる。

第二発令所で操船指示をしながら、過ぎゆく大河の景色を楽しむ。

副長が無言で隣に。

私から声をかけた。


「急な仕事になったわね」

「イリスヨナの副長としては、もうそろそろ魚雷の配置を移動しておきたかったのですが」

「ごめんなさいね。連日のように漁に繰り出して」

「構いません。イリスヨナで毎日のように海に出られるのは嬉しいことです。それに、魚雷を使う機会もそうそうありませんし」


ときおりすれ違う小舟や材木船をひっくり返さないよう注意を払うくらいで、大河クルーズは何事もなく順調に進む。


「イリスヨナが機嫌を損ねさえしなければ、余裕の日程です」

「副長、あなた冗談が言えたのね」


----


お付きの衛兵を従えて、デッキから遠い大河の川岸の風景を、どこか物憂げに眺めているエーリカ様。

すごく絵になるなあ、写真を撮りたいなあ、と思いながら話しかける。

私自身が退屈だというのもあるけれど、お客様であるエーリカ様を退屈させないという意図もある。


エーリカ様、どうにも私をイジメるのが好きなようなので、丁度いい。


聞きたいこともあるし。

というのも、面と向かって敵と言った相手に、仕事を頼んで報酬を払うというのもおかしな話だからだ。

そもそもエーリカ様くらい高位な方の『要求』なら、タダ働きでも文句は言えないのではないか。


「そこはだって、お金を出してお客様になれば、あなたが何をしようとしているのか、どんなサービスを受けられるのか、直接知ることができるじゃない。

それに私が依頼をしたら、イリス家は否応なしにあなたの『運送業』とやらを追認するしかなくなるでしょう?

あなた、イリス家に自分が仕事をすることの言い訳、困っていたでしょう。

政治の場でなくとも、前例は強いわよ」

「どうして、そこまでして下さるんですか」

「あなたが何を望んでいるのか、確かめる必要があるからよ。

そのためには実際に、思い通りに動いてもらって結果を見るのが一番いい。

余計な摩擦であなたが目的外のことをさせられるのは、私にとって都合が悪いわ。

観察したいのだから、動きを乱されたくないの」

「それ、私に話してしまって良いのですか?

良い案だと思って私が本当に余計なことを始めるとかありそうですけど。

私が本当に敵対的ならそう振る舞うかもしれません」

「あなたはそうする人なの?」

「そうする人だったら、どうします?」

「もしそうなら、あなたはその程度の人というだけよ。

それに、何か隠したいことがあるとも知ることができる。

人物も狙いも、全部まとめて見定めることができるわ。

ほら、面倒がないでしょう?」


つまり、自分ならすべての策謀を見破った上で振り払えるという前提ならば、自らイリスヨナに直接乗り込むのが一番簡単で楽、ということか。

『敵』と言った相手に向かって、真正面から潰せると臆面なく言い切る。

途方もない自尊心。

エーリカ様は頭も切れる方だから、年頃ゆえの無根拠な自信ではないはずだ。


それは末恐ろしくあり、まっすぐ過ぎて危うくもある。

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