竜宮島の巫女姫5 / 日本風模擬神社の箱庭
「よかったんですか? 岬ひとつ使って、チセのためだけにこんな施設を作って」
「トーエには良い仕事をしてもらったもの。受け取って頂戴」
竜宮島は『チセ』を主神として祀るための神社。
実情とは異なるものの、雑にまとめるならそういうことになる。
座敷わらしとして消えるはずのチセを、この世界に降ろすことで定着させる、そのためだけに作ったといっていい。
竜宮島は日本式神社のコピー。
トーエは今回も最高の仕事をしてくれた。
とはいえ、純粋に宗教な視点からすれば、竜宮島は神社をモチーフにした海外製のテーマパーク程度のもの。
艦船スノッブでしかない日本人の私の記憶から、興味の薄かった神社仏閣をサルベージするのには限界がある。
神様は日本のものではなく、神事は日本に関するヨナの記憶を元にしたでっちあげ。
日本の本職やフリークが見たら、怒り狂うのではないか。
ともかく。
「何より、これからもトーエのことを頼りにしたいってことでもあるわ」
竜宮島を用意したのは、チセが神隠しで消えないようにするため。
確かに金額だけ見れば、少女ひとりにかける額としては、目が飛び出るほどではあった。
だがイリス漁業連合や択捉建造の全体費用と比べたら、大したことはない。
また、どうせ作るからにはいろいろと役立てたくなる。
「竜宮島にはチセの固定以外にもいろいろと要求を乗せたし、トーエはすべてを見事に実現してくれたわ」
魔術も呪いもある世界で、いずれ避けられず艦隊戦を行うことを思えば、敵味方の双方に犠牲も出るわけで、宗教組織は必要だ。
艦船の魔術防御。
乗員のカウンセリング。
敵からの呪詛を祓うこと。
また、国家をまたぐ組織である教会とは仲良くしたいし、教会に属するわたしたちの仲間であるレインに花をもたせたかった。
宗教施設を作ってしまうというのは都合がいい。
建造と管理に教会の人手を求めることで、単発の寄付より安定して長い収益を教会にもたらすことができる。
建立の口寄せしたのはレイン、ということで花を持たせ、現地での立場も与えられる。
伝統ある宗教組織と仲良くしたい時、現ナマをそのまま叩きつけるというのは全方位に向かって最悪の方法だ。
ほかに、地元に根付くにも、宗教施設と祝祭を握るのは顔合わせする機会が増えるなど都合がよい。
エトセトラエトセトラ。
「トーエに用意してもらったのは、施設と建物だけじゃない。
服装、小道具、日用品。
儀式に作法に年間行事」
『この世界の既存宗教をできるだけ使わない』という制約条件で宗教法人をいちから立ち上げるという都合上、ぜんぶを用意しなければならならなかった。
この世界で土地開発と建築は、すごく規模が大きくて早いから、建てることは問題ない。
他種族社会だからなのか、建材が多様だからなのか、土木に詳しくないからわからないが。
問題は、日本風の『神社』という宗教施設がこの世界にまだ無いことで、神宮建屋に周辺庭園の大枠から竹箒の細部まで、すべてを新規設計しデザインを提示する必要があった。
「それらすべてについて、具体化はトーエにぜんぶお願いしてしまったもの」
「わたしはヨナさんにヒアリングした通りのものを作っただけですよ」
「そんなことないわ。私の神社知識なんてとんでもない歯抜けだったもの。
それでも必要な部分をきちんとオリジナルで埋めて、違和感なく。
トーエでなければ実現できなかったことよ」
信心のない典型的日本人である私に、宗教知識など当然あるはずがないので、聞き取りでのイメージ構築からすべてをトーエに投げてしまった。
依頼主としてどうかと思う。
「いえ、ヨナさんは必要なもので用意できるものは出し惜しみしませんし、はっきり言ってくれますし。
何より、こちらが否と言えば引いてくれます。自由にやれて楽しいですよ」
「そういうものかしら」
ミッキもいつか、そんなことを言っていたけれど。
「それに今回得られた知見として、日本庭園というか、日本美術の発想ですね。
これは大きな収穫でした。
この世界にも近いものとして建築系に『遠近感を使って部屋を広く見せる』という感覚はありますけれど」
「それはそうよね。なにも日本人だけの発想じゃないでしょうから」
ヒトは自国の文化というのを、他にない独自で独特のものと思いがちだけれど。
日本はそもそも言語から何から、おおむね中華圏から輸入したのが始まりらしいし。
同じことを考えるヒトというのは、想像よりずっと多くいるものだ。
相対性理論の論文はアインシュタインが最初に発表したが、アイデア交換してもいない別の著者により、同時期に4本の論文が執筆中であったという。
「でも私が知るそれは、あくまで建築設計のいち要素です。
箱庭に庭園に盆栽。
小さな空間に自然という大きなものを再現して閉じ込める、小さな空間を広く感じさせる技術と世界観。
ヨナさまの生まれの国が文化として爛熟させた発展形とその成果物は、わたしの知識と想像の外にあるものでした。
意識して空間全体で用いるという感覚がなかったのです。
先に知っていれば、択捉でもいろいろできたでしょうね」
「それは悪かったわ」
これもまたいつかミッキと話したような『知っているのに共有できていない知識』のそれだ。
「いえ、次はもっとよい艦を作らせていただきますよ。そしてそれは、わたしの望みでもあります」
「よろしくね」
ミッキもトーエも、目標に対してアグレッシブで助かっている。
ふたりが仕事を的確にこなしていく姿は、近くで見ていて楽しくもある。
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机の上に緑茶が置かれる。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうトーエ」
竜宮島にあるすべての人工物と同じく、緑茶も用意したものだ。
私への聞き取り調査の結果からトーエが手配した。
ざっくり言うと、特注の生茶葉烏龍茶みたいな。
お茶が茶色や黒でなく、緑色で草臭いというのは、この土地のヒトにはちょっと合わない。
「飲んでいるうちに慣れますけど」
味覚は習慣が大きいし、好みの問題もある。
(私も抹茶のスイーツは好きだけれど、いわゆる『お抹茶』が美味しいと感じたことはないからなぁ。)
あるいは私だけかもしれないが、現代日本人なんてそんなものだ。
「ところでヨナさま、竜宮島計画の聞き取り調査で話に出てきた『抹茶のカステラ』をためしに焼いてみたのですが」
疲れて休憩しているところへ、お茶とお茶請けが出てくる。
私はなにもしていないうちに手が回されて。
何もかもが、いたれりつくせり。
ありがたくて目頭が熱くなりそうだった。