竜宮島の巫女姫3 / この世界に神宮を建てよう
「宗教を作れ」
チセをこの世界に留める方法を問われて、レミュウは端的に答えた。
具体的な要求項目はわからないが。
「チセを信仰しろってこと? 信仰を集めるほど存在が固定されるとか、認知されると強大化するとか、そういう話?」
「そんなわけないだろう」
一撃でばっさりされた。
「信仰心からは何のエネルギィも得られんよ。
ヒトの心が神や世界に影響を与えるなどというのは、ナンセンスだぞ」
一方でチセの超常性を『世界観』と説明しておきながら、ヒトが世界の在り方に影響を与えることはできないというのは、あんまりではないか。
「『認識こそが怪異の存在原理である』『信仰が神を作る』などというのは、愚かなヒト中心主義者どもが妄想する、哀れなファンタジィにすぎんのだ。
世界はヒトを中心に回ってなどおらん」
ヒトの主観的な価値をばっさりと切って捨てるレミュウは、しかし返す刀で。
「だが、ヒトの手で世界を変えることはできる。
森を切り開き地をならし、大河を埋め立て、自然のままにあった世界を破壊することで、ヒトが存続できるように書き換えてしまう。
ヒトという種が持つ、世界改変能力。
ヒトがこの世界に定着した、古くからの由緒ある方法だ」
さらりと自然破壊を肯定した上で。
「この世界でヒトが規定した科学、ヒトが暮らす世界、ヒトの世界観とは『再現性』だ。
すべてが混沌の中に混ざっていた世界を、回転が分離した。
ヒト世界観を確固たるものとするのはルーチン。
同じことをひたすらにループすること。
同じ結果が出るまで、同じ結果を確認し続ける」
太陽がつねに東からのぼるように。
「可能性という、ゆらぎの数がなくなるときまで」
レミュウは手慰みの針金でいつのまにか作り上げていた双頭の蛇の鍵を、ぐるぐる回す。
「それが宗教の正体?」
「宗教儀式に対するひとつの解釈だ。
宗教の発生はいろいろな理由の集合であるから、これだけが発生原因ではないが、最も古い祖先のひとつではある。
毎日の挨拶、毎週の祈り、毎年の祭、継代の巫女。すべてが円環あるいは螺旋を描く、ヒトの営みなのだ」
レミュウが挙げたものは、すべてが繰り返し。
「ヒトは神へ繰り返し祈ることで、結果をひとつに収束させようとしてきた。願望が成就するかどうかは別としてな。
つまり宗教儀式とは、荒ぶる神を鎮め再現性という科学へと変換するプロセス、ということになる」
「つまり、同じ方法で、チセをこの世界に固定できる?」
「そういうことだ。1日3食うまいものを食い、適度に運動し、ヒトと健康的な関わりを持ち、朝起きて夜寝る。規則正しい生活をしろ」
健康習慣みたいなことを言い出した。
「スポーツ観戦者の応援くらいの役には立つだろう」
それってほぼ無か、場合によっては逆効果なのでは。
「やり方次第ではな。
この方法の問題として、既存の宗教システムはすでに縛る神に最適化され、紐付けされておる。
チセに接続するのは賢い方法とはいえんな。
呼ばれた神とチセが接触、場合によっては融合すらありうる」
「チセがチセではなくなるということ?」
「そういうことになる」
ダメじゃないか。
それと、既存の神に紐ついているとNG、というのは問題だ。
『宗教家』であるレインに頼ることができない。
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つまり、チセに紐ついた宗教儀式を繰り返し行うための宗教を作れ、と。
ただし信仰の対象は、チセである必要はない。
「そうでないほうがチセにとっても良いであろう。特に表向きはな。神に崇め奉られるなど、ロクな人生体験ではないぞ」
まあそれはそう。
と思うけれど、言葉にはしない。
私に残っている日本人としてのアレコレである。
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「残念ながら、我様は神を有無方法や、宗教の作り方などというものは、カケラも知らんのだが」
ここまで長々とソレについて講釈しておいて、平然とレミュウは言い切った。
「だが、今回の場合だけ使える手段がある」
しかし、レミュウはここまで無駄な説明をしていたわけではなくて、きちんと答えを用意していた。
「何千年と繰り返されていて、なおかつまだ、この世界でどの神にも紐付きになっていない。
そんなやたらと都合のよい宗教儀式を調達することができるぞ。
ご都合主義なことではないか」
そう言ってレミュウは、私の頭を指差しで示した。
「この世界で、未だ知る者の無い『宗教体系』がここにある」




