幕間:敗戦処理の割譲交渉1 / エーリカ様による救済案
「吸血鬼連合の皆さん。お困りでしょうから、救済案を持ってまいりました」
吸血鬼の居城に事前連絡のうえ乗り込んだエーリカ嬢。
2人の上位吸血種を前に、恐れる様子もなく言い放つ。
「おかしなことを仰る。停戦の願いででもなく、降伏条件の提示でもなく、救済案というのはどういうことですかな」
「へんなことを仰っているのはそちらです。
まず、吸血鬼が戦争した相手はイリスヨナであって私ではない。
戦っていない相手に降伏するというのは理屈が通りませんわ。
私にも、敗戦受諾などという面倒ごとの手間を取ってさし上げる謂れはない。
ただ交戦の際、イリスヨナは私がかの国に差し向け、信任下にあった船です。
私の名誉を傷つけた、迷惑料を貰って差し上げる道理は立つ」
「わかりませんな。あなたが何をおっしゃるおつもりか」
「南部辺境各国の鉄道」
大陸経済の基幹たる流通網を指名する。
「大陸鉄道の運営権を一部、今回の迷惑料として、割譲いただこうかと」
ひとりが顎をなでさすり、もうひとりが言葉をかける。
「大陸鉄道は大国アルセイアの大動脈だ。今回の件の賠償としては、いささか大きすぎますな。
それに鉄道は辺境国貴人、ましてやその公爵令嬢が個人で持つにはいささか大きすぎる」
「アルセイア先王国群、旧王家筋の妻としてなら問題ありませんでしょう?」
そう言ってから、付け足す。
「とはいえ私は、すでに未亡人ですが」
7日間の花嫁、と伝え広められた噂は事実であったらしい。
「97歳の太閤殿と契られたのはこのためですか」
「恋愛結婚でしてよ。
夫は話して楽しい粋人で、とても魅力的な男性でした。
我が愛する夫を、権力だけで稚児を娶った好色老人と評するならば、私はその者を許しはしません」
童女の冷たい目線は、吸血鬼にとって恐れるに足りないものだった。
が、大人でもこれほどではないというほどに堂に入ったものだったので、関心してしまう。
「失礼した。あなたはそういうお方だ。対面で拝顔して話していると、つい忘れそうになるが」
「許します。勘違いは誰にでもあるものです」
「確かに我々は困っている。あなたが仰る『救済案』は、確かに魅力的だ」
「卿!」
「イリス伯についたグランツ家は、物流網として大陸鉄道を欲している。
今回の我々の失点は、大陸鉄道を掌握する吸血鬼から、彼らの足元に敷かれた路線を奪い取るには良い口実になる。
判決が必要だ。吸血鬼連合はすでに賠償を済ませたという、覆しようのない敗訴判決が」
それは勝ちではなく負けであるからこそ、覆され難い。
そして、吸血鬼勢力はグランツ家とイリス家の海産業を躍進させてしまう鉄道を渡したくない。
「ならば先んじて手放してしまえばよい、というわけだ。
それも、後から金や権力でイリス伯に横取りされないような高位の相手がいい」
その相手として、エーリカ嬢は確かに都合が良い。
「ひとつ、お聞かせ願えますかな。
吸血鬼とヒト、そして古代戦艦。血みどろの戦いに割って入り、講和を取り持ってくださる理由を」
「大陸鉄道という強大な利権が拾えるのです。それだけで十分な理由になります」
「古代戦艦イリスヨナはエーリカ様の信任で動いていた。
鉄道権を受けたあなたが、イリス伯に積極的に鉄道利用をさせない理由がない。
それではイリス伯に鉄道を奪われるのと、たいして変わらないのではありませんか?」
「たしかに私はイリス漁業連合に貨車を貸すつもりです。
ですがそれは鉄道網への依存となります。
イリス伯が直接に大陸鉄道を持つのと違い、私はいつでも漁業連合の足を奪うことができるようになる」
そう言って、少女は告げる。
「私とヨナは宿敵同士なのです」
心底嬉しそうに、童女が無邪気に笑う。
「ですから、いずれ古代戦艦イリスヨナを殲滅しようと考えています。
でもあれを殺すのは難しい。少なくとも、あの船が死ぬのは今日ではありません。
なので、いずれ絡め手に使える手札が欲しい。
それが私が大陸鉄道を欲する理由です」
「納得しました。すべて了解した」
「卿!」
「書面はあとで届けさせます。それではまたいずれ」