古代戦艦イリスヨナ、爆破による出港
エーリカ様が宿泊料を払い続けて常時おさえている、古代戦艦イリスヨナ客室の一室。
イリスヨナは陸に乗り上げた状態で大きく傾いていたが、エーリカ様も紅茶を置いた机を工夫したり、傾いた船内をエンジョイしていた。
「もうこのまま送っていきなさい」
帰り道、エーリカ様が見ているうちは、吸血鬼に襲撃される心配はしなくて済む。
それに金髪猫耳公爵令嬢エーリカ様の送迎は、大変に目の保養となるので、私としては願ったりかなったりなのだが。
「それはもちろん良いのですが、肝心のイリスヨナが出港できない状況でして」
「なに? 航路の航行許可が欲しいの? それとも船体に問題があるのかしら」
「いえ、丘のうえに座礁していて、動けないというだけなのですが」
イリスヨナが陸にあって、スクリューが約立たずなのは言わずもがな。
斥力推進も、ある程度の『質量』を押しやる必要がある。
古代戦艦イリスヨナの船尾はわずかに空を向いており、空気をかいて進むには、さすがにイリスヨナが重すぎる。
しかし私の思案顔をよそに、エーリカ様はさっぱりとした調子で言う。
「それについては、そろそろ解決するんじゃないかしら。出発時刻の連絡に来たのだと思っていたのだけれど」
「いえ、それが特にツテもアイデアもなくて」
「べつにあなたが考えなくても、グランツの娘がなんとでもするでしょう」
「掌砲長が?」
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精緻に彫り込まれた溝は、古代戦艦イリスヨナという大質量が上に乗っていて、崩れないのが不思議なくらいだった。
「発破だよ。土木工事でよく使われる魔術による工法だ。特に土掘りに特化した技術はディギングって呼ばれる」
簡単に言うが、見せられた発破現場は明らかに手慣れたプロによるもので、素人が見様見真似でやったとは到底思えない正確な仕事だった。
「どうしてこんな技術を?」
「グランツ家は鉱物資源で財を成した財閥家で、代々土地関連の魔術に適正があるんだよ」
「土属性ってこと?」
「俗に言えばその通りだ。『属性』なんて魔術用語じゃないけどな」
魔術周りの知識は最近レミュウの解説でちょっと食傷気味なのでスルー。
「今回は発破はあくまで滑走の呼び水として使う。
さすがに爆破で船体を押し出すのはやりすぎだからな」
説明によると、岸の斜面をスライダにして滑り落とすプランらしい。
「溝を掘って、船体の下に丸太を通して油を流す。
古代戦艦なら地面を擦ったくらいでは傷もつかないはずだから、これで十分だろう。
ボーリング工法で地下道を掘ってもよかったんだが、川岸の地形を変えるのはさすがに大げさすぎるからな」
丸太も、油分をたっぷりと含んだ品種の木を使い、イリスヨナのすべりを良くするのだという。
「幸い河へ向かって傾斜もあるから、爆破は最小限でいい」
「やっぱり爆破はするのね」
「やっぱりって何だ」
「だってほら、掌砲長だから」
「爆発大好き娘みたいに言われるのは心外なんだが?」
ごめんなさい。
「得意なのは否定しない。採掘場で発破をわりとやったからな」
そうなのか。
採掘場で発破なんて、私はヒーロー番組で使うくらいしか知らないけれど。
掌砲長の過去、知っているようで、具体的なところがよくわからない。
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ともかくそこからは、すべて掌砲長の立てた予定通り。
翌朝。
妖精の船員が残り、レミュウとイリス様とエーリカ様は下船を拒否して、私は当然船に残って。残した他他の要員たちに、いつのまにか周囲にできていた人垣が見守るなか。
派手派手しい爆音とともに、古代戦艦イリスヨナは無事に河川上へと復帰した。