陸の上の大鯨 / 古代戦艦イリスヨナ座礁
「敵勢力下で弱点を露呈。白日のもとに晒したまま、身動きも取れず、か」
岸辺に引きずりあげられた古代戦艦イリスヨナ。
いま船体が陸上にあって、全体を船底まで見ることができた。
船体装甲など構成要素には厚みがあるのに、全体ではすらりとした印象を与える。
もとから左腹にあいていた水面下の大穴も、いまは何も手当てされることなく外気に触れている。
「こんな大きな船の大きな穴、隠しようもないのだけれどね」
こんな大穴をあけたまま、どうして洋上に浮いていられるのか不思議なくらいの、イリスヨナの大きな弱点。
いま爆弾でも持ってこられたら抵抗する手段がない。
エーリカ様に知られてしまったし、吸血鬼軍の工作兵の皆さんにもばっちり見られて、付近住民にも。
もしかして、船として露出を恥ずかしがるべきところか、これ?
などと、どうでもいいことを考えつつ。
しかしまあ。
「自分で言うのは抵抗あるけれど」
諸外国では船を女性性で呼ぶというが、納得できる肢体の美しさを連想させる曲線を描く船体形状。
衝角は船首と一体化しており、ひときわ大きな噛み締めた牙のような接合部。
後退した球状船首。
船底は平坦でなく、鈍い刃のような角度がついている。
この船ひとつで世界中、どこまでも行けそうな。
「綺麗な船だわ」
私の趣味に合う。
「そうですか」
隣に立つ同好の氏であるミッキは、美観というものに関心はない。
おためごかしで心にもない同意を口にするタイプでもない。
私は、ミッキのそういうところに好感を持っている。
彼女には見えている世界が違うのだろう。
古代戦艦イリスヨナのことも、私とは違う目線で見ている。
どう見えているのかは、わたしにはわからない。
「シミュレーションの時も思っていましたが、イリスヨナの船体デザインは私が設計するものより、姉さんのそれに近いです」
「どういうこと?」
「造波抵抗や静音といった、流体力学に最適化した形状とは、少し違います」
「見せるための船底だと?」
「意図された形状とは限りません。ヒトは鳥の羽根や魚の鱗、森の中で見た山嶺に美しさを見出しますが、それらは美しさを意図して造形されたモノではありませんから」
対して私たちの作る『択捉』は、ある種の美しさの印象を与えることを意図して、コピー元から造形を変更している。
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全長300mもあるイリスヨナの船尾へ向かって地上を移動しながら、たまに周囲のことも見渡す。
昨晩の戦闘で、川岸にできていた巨大な血の川は、手慣れたようすの吸血鬼軍の工兵部隊が、午前中のうちに焼却処分した。
浅瀬と川岸の巨兵は、工事用の天幕に覆われて姿が見えない。
いまは、軍用列車の曳き綱、馬車と各種族の工兵が、アリのように無数によってたかって回収作業中。
巨大な包帯でぐるぐる巻きにされたミイラのような状態で、軍用の複線列車に乗せられていく。
「イリスヨナもあれで運んでくれないかしら」
列車に乗せろという意味ではなく、すぐそこの河川に船体を放り込んでくれれば、それだけでいいのだけれど。