タコ足のあるお姫様 / 古代戦艦の姫さらい再び(言い方が悪すぎるのでは?)(でも事実だし)
古代戦艦イリスヨナは、吸血鬼があやつる巨人兵器との戦闘により、現在は陸に乗り上げており身動きがとれない。
戦闘は終わったとはいえ、何かあったら逃げられない状況だが、先に片付けないといけない政治的大問題があった。
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「古代戦艦が拉致誘拐をするだなんて。しかも相手は王族のお姫様ですか」
レインの言葉が耳に痛い。
「私がやったわけじゃないのよ?」
「知ってます。相手国はそう思っていないでしょうが」
誘拐してきた姫様の前だから誰も口にしないが、これがまたヨナの犯行だったら連続犯だ。
とりあえず、チセには言い聞かせる必要がある。
「チセ、実はね、子供を勝手に連れ出してはいけないのよ。友達を手に入れるっていうのは、誘拐するって意味ではないの」
「ん。わかった」
「わかってくれたならいいわ」
チセは幼いながらに頭が良いので、とても助かる。
私とチセの会話に、レインがツッコミを入れた。
「いやよくはありませんが。何もよくなくありません?」
そうなのだろうか。
チセはまだ子供だ。
今回のことを反省して、次からに活かせればそれで良いと思うのだけれど。
いや、さすがに『姫の誘拐』は『子供がやったことだから』で許してもらえないことくらい、私にだってわかる。
で、肝心のお姫様はというと。
「すまぬ、聞いておらんかった」
さっきから副長の顔を見ては、意識をどこかへやっていた。
私たちの方はどこか弛緩した胡乱な空気をさせているれど、お姫様の立場からすれば命の危険もある、気の抜けない状況のはずなのだが。
古代戦艦イリスヨナと巨兵との戦闘にも巻き込まれたというのに。
緊張感が抜けきっていた。
フーカといいお姫様といい、副長の顔に気を取られすぎている。
副長って、実はかなりの美人なのだろうか。
ともかく、お姫様が誘拐を騒ぎ立てないでくれるなら理由はどうでもいいけれど。
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「ソフィア姫の容姿、マナー的には称賛しても差し支えないのかしら」
「そう言っている時点で褒めているのと同義でしょう」
それはまあ、そう。
イリス様と同年代、年相応の童女らしい手足と別に、彼女の腰上には、別の手足がある。
スキュラの系統というのだったか、腰より太い、タコのような腕である。
柔軟で力強い肉の塊であるその触に、ぜひふれる許しを貰いたいが、さすがにそういう状況でもない。
が、見ただけでもわかる力強さに、惚れ惚れとしてしまう。
「連れ出す途中で抵抗されたら、チセはひとたまりもなかったでしょうに」
しかしソフィアの様子を見ていると、そういう結果にはならなかったらしい。
見ようによっては成人の豊満な貴婦人よりも大柄な姫を、チセはどのように護衛の目を抜いて連れ出したというのか。
超空間ゲートでも歩いてきたのか。
チセは答える。
「廊下を歩いてきた。ふつうに」
普通か。
チセにとっては普通なのだろう。
チセの瞳に映る世界は、そうなっている。
チセのそれは魔術や異能ではない。
きっと利用しようとしてはいけない類の現象だ。
するつもりはないけれど、例えば『チセにナイフを持たせて要人暗殺』とかやろうとしたら、成否はともかく酷い運命に見舞われるんだろうなぁ、とか思ったり。
チセ本人はといえば、いまもソフィア姫との友情を結ぶべく、めげずに奮闘中。
手段は単純なプレゼント作戦。
チセはソフィア姫とお茶会を囲み、クッキーを食べるよう勧めている。
最初、チセはお気に入りの『イリスヨナ謹製合成クッキー』(古代戦艦イリスヨナの食料生産システムが生成した、完全栄養食)を勧めようとしていた。
さすがに貴人の姫君に出すのは問題があるという判断で、レミリアさんに焼き菓子を用意してもらった。
「どうしても、食べなければ許されなんだか?」
「レミリアさんのクッキーもおいしい」
私から言わせれば、レミリアさんの焼き菓子は最高洋菓子店の味でまさしく『極上』なのだが。
チセはどういうわけか、栄養ブロックを同列に高く評価しているらしかった。
だからチセからすればさいきん覚えた、美味しいものを分け合う『同じ釜のメシ』をうまく応用したつもり。
対するソフィア姫は、毒入りだとわかっているりんごを齧らされるような顔をしていた。
ソフィア姫から見たチセの評価は、どうにも過剰な警戒のあるものらしい。
ほうっておくとソフィア姫の心労が限界に達しそうなので、見ているだけはやめて、お茶会に参加させてもらうことにする。