エーリカ様の仲裁 / 吸血鬼との対峙
「何やってるの、あなたたち」
遠くから、大声を出さずともよく通る、エーリカ様の声。
ヨナも吸血鬼も、異様に目と耳が良いらしい。
声のしたほうを見ると、遠目に見える馬車から降りたエーリカ様が近づいてくるところだった。
「これはこれはエーリカ殿、この度はお悔やみを申し上げる」
「これはどうもヴァーツラフ卿。吸血鬼ってみんな世間話が好きね」
世間話は社会人のお付き合いにおいて大切だと思うけれど。
状況には合っていない。
「イリス女史には反逆の疑いがある。臨検を拒否して領地外で戦闘にまで発展したのだが、これが行き違いによるものだと?」
「イリスヨナ謀反については、大国ストライアによる卿への、大変に巧妙な情報工作でしょう。卿が生きていれば情報ルートを辿ることができます」
馬車から拘束された中年の紳士がごろりと転がり落ちた。
どうやら吸血鬼のお仲間らしい。
「しかし、イリス家への嫌疑が確定であれば、証言者はいりませんね。速やかに『私の客』への無作法の責任をとっていただきます」
人質を殺すぞ、という大変丁寧な言い回しであるらしい。
エーリカ様は槍を取り出し、なめらかな手つきで槍の穂先を人質の首元へ。
銀水溶液を垂らした刃だけが過剰に華美な、シンプルな持ち手の槍。
姿を魔術防護用のヴェールに隠されているが、いつか見たことのある対城兵器『アロンの槍』の複製品らしかった。
「イリス女史を庇ってイリスヨナを守っても、益がないように思いますが。友誼によるものでしょうか」
「私はイリスが嫌いですが」
吐き捨ててから、口調を戻して。
「私の推した調査団が、恥をかこうと殲滅されようと構いません。
が、裏切り者として処断されては困ります。推した私と第5皇女様の名誉にかかわりますので」
そう言ってエーリカ様は私を見て。
「そういうことですから、ヨナ殺しは、私みずから手をくだしますのでご安心を」
「えっ」
私は急な話の変化に血の気が引く。
いやいや。
エーリカ様の相手をするくらいなら、吸血鬼のほうがマシだ。
ひいきとかではない。
実際にいま現在、吸血鬼がひとり簀巻きで転がされていて、エーリカ様は殺すより難しそうな無力化拘束を涼しい顔でやってのけているのだ。
勝てるわけがない。
「あなた自ら、古代戦艦イリスヨナを沈めると? ご自慢の列車砲部隊が見当たりませんが」
エーリカ様なら列車砲がなくても問題ないだろう。
「もちろん造反が事実であれば。しかしここで古代戦艦イリスヨナを証拠ごと沈めてしまえば、私が叩き潰すべき敵をたどる道がなくなります」
で、どうする?
エーリカ様は目で吸血鬼に問う。
吸血鬼はそう思案することもなく、あっさりと答えを出した。
「わかりました。ここは当方が引きましょう。どうやら間が悪かったようだ。エーリカ殿を巻き込むところであったところ、謝罪させていただきたい」
「ええ。形はどうあれ当方への敬意さえ払っていただけるなら、面倒がなくて嬉しく思います」
それだけ言ってこちらには目もくれず、吸血鬼ヴァーツラフ卿はその場で闇夜に溶けて消えた。




