古代戦艦イリスヨナ、その船体は赤く鮮血に染まり
河の水面から轟々と煙がのぼり、浅瀬で吸血鬼の巨人兵器が火に包まれている。
地上にいるもう1体も、仰向けに倒れ込んだまま動かない。
「レイン!」
「大丈夫です。ちょっと頭がクラクラして、すぐには動けなさそうですが」
瞳でレインを心配しながら、感覚だけはイリスヨナに飛ばして。
「巨人はすべて撃破したわ」
ほっと息を吐くが、状況は、このまま休んではいられない。
「ところで、この全身締め付けられるような感覚って、魔力なのかしら」
急に感じ取れるようになった、圧倒的な魔力のプレッシャ。
「これが吸血鬼の力ってわけ?」
「圧倒的な魔力量が、吸血鬼の強みのひとつですから」
あやるつべき巨人兵器をすべて失って、身を隠す必要もなくなったということか。
「イリスヨナに直接しかけるつもりでしょうね」
まあ、そうだろう。
斥力推進システムは押しやるものを失って、スクリューと共に空転。
空気を送ってもしかたがないので、出力を落とす。
今度こそ、逃げる手立てがない。
視線を船長の椅子へ。
船長席のイリス様は、すでに意識を手放している。
表情はおだやかで、寝息は軽く。
寝姿に見入ってしまう、寝息に聞き入ってしまいたくなる誘惑を振り切り。
古代戦艦イリスヨナが新機能を開示した代償は、今回はイリス様に降り掛かったらしい。
イリス様の負担を思うと気持ちが曇るが、今回に限っていえば、意識を失ったのがイリス様でよかった。
まだ戦闘は終わっていない。
吸血鬼と対峙しなければならない状況に、イリス様を放り出す結果にならずに済んだ。
「副長、船をよろしく。レイン、エミリアといっしょにイリス様を」
吸血鬼がどのように戦うのかはわからないが、生身のイリス様を抱えて逃げられる相手とは考えていない。
船内のほうがまだしも安全だろう。
最近は腰の飾りになっていた、細身の直刀を指先で確かめて。
「じゃあ行くわ」
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第1発令所から船外へ。
陸に乗り上げたイリスヨナの船体側面は、高さ20mを超える絶壁になっていた。
非常用ロープをおろす。
ロープと擦れても手のひらがずるむけにならない身体は便利だが、ヨナが肢体を完璧に動かせているわけではない。
「あっ」
案の定、手が緩んで背面から地面に叩きつけられる。
「痛、くはないけど」
ヨナの身体でなければ確実に骨折していた。
死んでいてもおかしくない高さだ。
立ち上がる。
顔から地面に突っ込んで泥だらけになる恥はさらさずに済んだ。
まあ、見ているのは敵の吸血鬼くらいだろうけれど。
周囲はぬかるんでいた。
吸血鬼の注目はすでにこちらに向いている。
私はさりげなくイリスヨナから距離をとりつつ、視線の主と対峙する。
「イリス様麾下の古代戦艦イリスヨナ、その制御システムたるヨナ」
名乗りをあげて。
腰の直刀に手をかけるが、抜きはしない。
このごに及んで、穏当主義も専守防衛も不殺もない。
ただ、少しでも時間をかせぎたかった。
相手はこちらの名乗りに答えず、ただ私の観察を続ける。
このままにらみ合いをしてくれるのなら、いつまででも付き合うが。
残念なことに日の出が近い。
まだ日の出の兆しもない夜闇だが、夜の時間は正確に短くなっていく。
攻撃モーションがないまま、魔力をまとった空気だけが引き絞られて、攻撃が来ると思った瞬間。
「何やってるの、あなたたち」