VS巨大人造人間4 / 打ち上げられた大鯨の尾
陸に引きずりあげられ、手も足も出ない状態の古代戦艦イリスヨナ。
でも、できることはまだある。
啓示のような直感だけがそこにあった。
古代戦艦イリスヨナに、私に何ができる?
最大火力の魚雷は巨人兵器の装甲を相手に陸では通用せず。
陸揚げされてスクリュー推進を失って、逃げることもできない。
思い出したのは『古代戦艦パオロ・ウィッチェロ』のこと。
輸送に特化した巨大な古代戦艦が、ありえない高速で水上を走っていた。
海中状況が悪くて、聴音が効かなかったから気づかなかった。
『スクリュー推進ではなかったんだ』
答えに至った瞬間、直感の正体が古代戦艦イリスヨナの新機能開示であることを理解する。
艦内通信で機関室へ繋げる。
『機関長、動力をジェット推進に切り替えて、機関を再起動します』
『わかった。推進機の初期化はこちらに任せろ』
唐突な話のはずなのに、機関長のレミュウは驚きもしない。
『ヨナ、お主は制御に集中するのだ。最初は微小出力にスロットルしろ。
使うのが久しぶりすぎて、いきなり出力全開にすると船体や機関がどうなるかわからん。
斥力機関は繊細で制御が難しい。わずかなミスで船内がすべて挽肉になるぞ』
『斥力?』
聞き慣れない単語とともに、感じたことのない力場の発生を体内に感じる。
イリスヨナ機関から推進補機にエネルギィ供給が行われ、システムモジュールの初期化が始まったのだ。
『電磁推進やウォータージェット推進ではないの?』
あとはせいぜい、キャビテーション機構かと当たりをつけていた。
だが、イリスヨナの制御システムはそのどれとも思えない『感触』をヨナに提示している。
あとそれから。
『レミュウ、あなた知っていたのね? イリスヨナがスクリュー以外の推進方式を持っていること』
『当然だ』
古代戦艦イリスヨナの最古参である機関長は、やはり知っていたのだ。
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古代戦艦イリスヨナの機関室内は、近代艦船とは完全に様相が異なる。
『動力伝達システム、再起動開始』
レミュウは迷宮の底で宝石が瞬くような暗黒空間の中で魔術を行使し、10本の指では扱えない数のスイッチを一度に操作する。
高速で複雑なレミュウの思考を周辺機器へと拡張する。
機関室を満たすのは魔術による形のない義肢だった。
ヨナすら知らない制御パラメータを理解して、レミュウが機関室を掌握する。
『動力伝達セルフチェック問題なし。第3補機に問題発生。停止。左ダイレクトラインは出力12%で使用可能』
イリスヨナ船体の後方下部、船体をえぐったノズルのような出力装置の中で、斥力安定化ターレットが回る。
『ヨナ、コンタクトを確認した。推力発生。いつでもいけるぞ』
力場が生まれて、透明なそれは虚空に空気の小さな流れを生む。
空気では水と違って軽すぎる。
古代戦艦イリスヨナの巨体を動かすに足る、大きな推力が生まれない。
このままではイリスヨナはただの送風機だ。
いや、蹴ることのできる大きな水の袋がすぐそこにある。
気づかれたら間合いをとられてしまう。
だからチャンスは一度だけ。
『レミュウ、忠告を破るわ』
『失敗するなよ』
すべて理解している様子のレミュウは、落ち着いた口調でそれだけ。
『斥力推進、0.5秒のみ運転』
イリス様のお手に触れる。
握り返される。
言われるまでもない。
『総員衝撃に備えよ』
失敗して、イリス様を死なせるわけにはいかない。
『始動!』
一瞬のバースト。
背後にとりついていた巨人、装甲の下にある巨大な血と肉の塊。
膨大な水が詰まった肉の袋を推力の足で思いきり蹴りとばして、イリスヨナは勢いよく船首を川底に突っ込んだ。
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船尾に取り付いていた巨人に大穴があく。
腹部は赤紫色な血の霧となって、ちぎれた上半身が肉片といっしょに後方に吹き飛ぶ。
同時に、船首を押していた巨人がイリスヨナに突き飛ばされて、姿勢を崩しながら河川の中へ押し込まれる。
『掌砲長!』
「言われなくてもっ!」
操作盤にしがみついていた掌砲長が、時限調停の魚雷を射出。
前部魚雷発射管から投げ捨てるように投下された魚雷は、推進機すら発動せずに水中で炸裂。
水面下で魚雷は規定どおりの効力を発揮し、河川に倒れこんだ巨人兵器の全身を圧力衝撃で蹂躙する。
河の水面から立ち上った白い霧の飛沫が、巨人を覆い隠した次の瞬間に赤紫に染まった。
巨大な手足が本体から離れて空中で踊る。
しかし、直近で起こった大きな衝撃に、イリスヨナも無傷とはいかない。
掌砲長の口から出たのは撃破の歓声ではなく損害報告だった。
「前部魚雷発射管3番が大破! 他も使用不能です!」
「船尾のもう1騎は?」
副長が報告する。
「仰向けに倒れたまま、動きません」
2本の巨大な足が、無造作に地面に転がっている。
地面に叩きつけられた上半身はぴくりとも動かず、胸より下がない状態で、すでに力を失っていた。