おともだちを手に入れよう! / すべての判断は、チセの手中にあった
扉の前に詰めている護衛は、その日たまたま部外者の多いパーティがあったため重装備をしていた。
軽装のもう一人が外しているタイミングで使用人が部屋に入り、入れ替わりに出てきたふたりの少女に気づかなかった。
使用人『ふぜい』が、水を換える程度のことで、王家の子女の顔を拝むのも挨拶するのも『烏滸がましい』から顔を上げず、部屋の童女たちが目に入らない。
廊下のカーペットは張り替えたばかりで、王家が使う敷物はふわりと厚く、童女ふたりが小さく走る程度では、足音もたたない。
『あと3歩進んだら2秒止まる』
『ここでしゃがむ』
『カートと同じ速さで歩く』
ダンスを踊るように、リズムを刻むように動き、止まるたび、誰かの視線がふたりを避けていく。
チセを名乗る童女に連れ出された少女は、どうやら自分が熟練の暗殺者でさえ至れない領域、世界の薄皮の裏側へ連れ込まれてしまったらしい、と認識した。
「デザートが足りないくらいで、どうしてお鍵番まで出ていかなければならないんだ!」
ぷりぷりと怒った男性がもう一人の若者にエスコートされていく。
ふたりはお互いに夢中で童女ふたりの眼の前を横切り、ついてくることに気づいていない。
『5秒後に振り返って止まる』
スイの言葉に、少女は素直に従う。
魔法のような言葉に、逆らったらどんな目に合うか知れないという、恐怖。
廊下の向こうからこちらを見た近衛兵の視線が、給仕のカートで遮られて童女ふたりを一瞬だけ隠す。
「使うはずで出しておいたザラメがいつのまにか仕舞われているんです。またですよ給仕科のミスは」
3人になって夢中で話しこむ。
メイド姿の女性が、少女ふたりに気づく。
少女はすっかり時間感覚を失っており、他人の目線を数カ月ぶりのように認識して、頭がクラクラした。
「パーティ会場はあちらですよ」
「ありがとう。でもいいの。外に出るから」
スイが答える。
今日は大きなパーティの日なので、城の外から応援の人員を呼んでいるし、外の人間が貴人の顔を覚えていることは少ない。
スイの隣の少女についても、参加している貴人の誰かの娘だろう、という以上の推論はされない。
女性と話している間、長いスカートがふたりの姿を隠して、周囲の視線を浴びない。
塔の中にいるはずのお姫様が、こんなところを出歩いているとは、疑われもしなかった。
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城を出て、港湾へ。
最後に城を出るときは、一瞬しゃがむだけで生け垣に隠れて守衛の監視をやり過ごした。
ここまで来て、少女はいろいろなことを諦めかけていた。
いまさら誰かが発見してくれるなどという『王城側に都合のよい奇跡』が起きるとは、少女にはとうてい思えなかった。
「再び問う。お主は何か。どこに属するものだ。怪物や亡霊のたぐいなのか?
お前の質問は答えると呪われるたぐいの言葉か? わらわはお主の友達になってもならなくても殺されるのか?」
その言葉は実質に降伏宣言であったが、チセはそんなことはつゆとも気づかず、素直に疑問に答える。
「そんなことはしない。わたしはヒト。トーエの娘。イリス漁業連合海洋技術学園幼等部、名誉小学生、のチセ」
少女は記憶力は良いつもりだが、後半は聞いたことのない固有名詞の乱打で頭に入ってこない。
「イリス? 伯の遣わした暗殺者か?」
「ちがう」
きちんと名乗っているはずなのに、どうして通じていないのか、といった顔で首を傾げるスイ。