臨時王都セルディカ / 超巨大古代戦艦の遺跡で暮らすヒトの営み
地上に横たわる、全長8kmに及ぶ巨大艦船の遺構。
臨時王都セルディカは、古代戦艦の遺跡の中に存在している。
大海戦の余波による戦乱で一時遷都してから、すでに100年。
通行用河川が艦体を貫いて流れている。
「ヨナ、セルディカ号は生きてる?」
「いえ、完全に死んでいます」
イリス様の問いに、私は答えた。
ケーブルやスイッチは部品取りに使えるかもしれないが、通信に応答はなく、スキャン結果からすると機関も失われて久しい。
「古代戦艦でも王都内を通れるのかしら」
「たぶん通れます。セルディカの古代戦艦は、臨時王都のなかの遺構に格納されています」
レインが答えるが、副長が補足する。
「イリスヨナは停泊に手前の灌漑用溜池を使ってくれとのことです。王都の通行許可はいただけませんでした」
それは残念。
イリスヨナの甲板から、セルディカ号の艦内を見上げてみたかったのだけれど。
それにしても、さすが古代戦艦というべきか。
見た目には今にも崩壊しそうな廃墟。
巨大な遺跡は各所に大小の穴があいて、肋骨のような構造が露出している。
しかし、100年を超えて王都を守ってきた外殻は強固な不洛の城塞であることも見て取れた。
周辺に林立する高層建築に、這わさる各種の生活配線は、さながら菌糸の森。
王都を行き交う物資の交易が、セミの死骸にたかるアリのように見える。
死んだ古代戦艦の、飛び散った外殻すら盾に使う、ヒトの営みのしたたかさ。
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宰相、実業家、区長、外交官。
会談は終始おだやかな空気で進み、審問というよりも顔合わせのようだ。
もちろん全員に『貴国に寝返りの疑いがかかっている』などと話すわけではなくて、情報公開のレベルは事前に打ち合わせした通り。
イリス様や私にそんな判断知識はないので、レインが考えてくれる。
「まあ、この国が疑われるのもわかります。辺境国としては珍しく、王家に大国ストライアとの血縁も混じっていますから」
そう話してくれる彼は、若い外交官だった。
「セルディカは血の外交が盛んなお国柄なのです。私にも王家の血が入っているんですよ」
それはまた。
目の前の彼も王位継承権を持っているのだろうか。
訊いてみると、彼は苦笑して。
「この国では、新参以外はほとんど親族なんです。わたしにだって王位継承権があるんでしょうが、親戚に同じような血縁が多すぎて、継承順位がはっきりわかりもしません」
朗らかにそう答える。
「セルディカ王家は血縁を結ぶことに熱心ですから。辺境国どうしの結びつきを避ける大国アルセイアが意向がなければ、イリス家とも結びたい」
とはいえ、そう言われてもいまのイリス家には跡継ぎがイリス様しかいない。
ああ、でもイリス伯は奥様が亡くなって独り身か。
「もちろん、セルディカからは縁談を持ちかけましたよ。大国アルセイアの目を避けて、それとなくね。
しかし、イリス伯はお亡くなりになった奥様に操を立てていらっしゃるようで」
「へえ、そうなの」
イリス伯、顔は良いが社交的な人物という印象はない。
結婚したら苦労するのではないか、イリス様のお母様はどう感じていたのだろう、などとちょっと思う。
「王家の血縁もあって、セルディカは大国ストライア周辺国との窓口という立場を得ているところもあります。
じっさい交流も盛んで、向こうから来た人材も、多く滞在しています」
フーカを連れてきていたら、身元の隠蔽が危なかったかもしれない。
「大国ストライアとは紛争中でしょう?」
「戦中ではありませんから」
実際に戦う機会が多いイリスヨナとしては『戦争中でない』という実感がわかないが。
「外交を旨として、戦争に協力的でない態度をとるのも、大国ストライア側から疑わしく見える理由でしょう。
セルディカは外交の国、といえば聞こえはいい。
セルディカは何とでも交わる、と揶揄されることもあります」
「いろいろな意見があるのはわかりますが、戦いを避けられるなら、それはすばらしいことだと思います」
戦後日本は、内外から『平和を金で買っている』『代償となる命を他国に払わせている』と揶揄される国だったが。
すくなくとも私は、それで良いと思っている。
自国民の血を流す犠牲を恐れない誇れる国であるより、卑怯者でいたほうがずっといい。
ヒトは心のどこかで、犠牲を払いさえすれば、結果への責任が罷免されると思っているところがあるから。
そうやって、戦争のことを忘れた国だったと思う。
「いや、意外ですね。勝手な印象ですが、イリス伯領地の古代戦艦筋は好戦的なのだと思っていました」
「そう見えていますか?」
「外交筋なので、真偽不明の話がいろいろ耳に入りますが」
国家レベル情報網には、あれやこれやの洋上戦闘が漏れているのかもしれない。
エーリカ様が、私から聞き出した戦闘状況などの情報を、政治交渉にアレコレ使っただろうし。
表向きになっている最近のイリスヨナの活動でも、有名なものとして、第五皇女様の護送任務がある。
この世界で100年絶えてなかったという、対艦戦闘の当事者なのだから好戦的と捉えられるのも当然か。
しかし、どうにもイメージが実態と異なるし、好戦的と捉えられるのは都合が悪い。
イリス漁業連合は、大国同士の戦争に興味はないし、吸血鬼とコトを構えたくないのだ。
あとでレインとトーエに相談しよう。