乗船を望む / おかあさんは賭けごとがおきらい
「賭けているんですよ。ヨナさんに」
トーエはリラックスした声で言った。
第一発令所から出て、大河の風景を見ながらふたりで風を浴びる。
「生活のこともありますけど、そっちはまあ、どうにでも。それよりも、この前レミュウ様が仰っていたコトで」
「チセが『座敷わらし』だっていう話?」
座敷わらしはいずれ、ヒトとこの世界に興味をなくして、異世界に渡ってしまう。
チセはこの世界から消えてしまう、と。
「チセ、今はわたしに懐いてくれていますけど、将来はわからないでしょう?」
「チセはトーエのこと、大好きじゃない」
レミュウは言っていた。そうでなければ『座敷わらし』はもっと幼いうちに存在が消える。
チセも本来なら、とうの昔に他人から認識されなくなっているはずだと。
「でも親子ケンカはするでしょう? それに、いずれ反抗期もきます」
それを言うなら、子はいつか親を離れるものだ。
チセは巣立ちするには早すぎるし、私はそれを指摘しない。
「そんな将来のことまで考えてるの」
「チセのお母さんになるって決めたときに、先のことはぜんぶ考えました」
ひとつ息をついてから。
「まあ、さすがにコレは予想外だったんですけど」
「当然でしょ」
トーエは眩しそうに嬉しそうに目を細めて、私の顔を覗き込む。
「ヨナ様も、イリス様の将来のこと、考えているんでしょう?」
ノーコメントで肯定。
「チセが幸運を運ぶ『座敷わらし』なら、イリスヨナの危険な航海も少しラクになるかもしれませんよ」
「必ずしも『座敷わらし』はそういうものじゃないって、レミュウに言われたじゃない」
座敷わらしが『幸福を運ぶ』というのはステレオタイプに過ぎない。
世界のベクトルがズレた子供。幸福と不幸に手で触れられる存在。
幸運のアイテムは、すべからくそのタネを知り、幸運だよりを始めると効果を失い、力を反転するものだ。
私はチセの運命操作能力を、乱数の振れ幅が大きくなっただけだと認識することにした。
そして、イリス様の運命を乱数に預けるつもりはなく、乱数の出目でチセを恨みたくはない。
「もちろん、娘の将来を危ない賭けに任せるつもりはありません」
トーエも、チセの幸福を運命に任せるつもりはなくて。
すでに対応する手をうっている。
「そのための『竜宮島』ですから」
恐れ知らずな私たちは、チセのために、この地に神様を作ることにした。
「本当は、航海にも送り出したくないです。
でも、チセは同年代のほかの子とは少しずれているし、友達ができにくい人見知りの娘です。
『座敷わらし』のことがなくても、ヒトと関わって、この世界に定着してほしい。チセはヨナ様と気が合うみたいですし、イリス様とも同い年の友達になれそうなんです。
あの娘には、未来が欲しいんです。友達も。
どちらも手に入れるのは難しい。この機会を逃せばあるいは永遠に、って」
「古代戦艦イリスヨナは保育所じゃないのよ。死ぬかもしれない」
「わかってます」
それでもトーエは即答した。
「だから、必ず連れて帰ってきてくださいね」
「ならいいわ」
その約束はできないが、理解しているのなら、いい。
つづく
12月の更新はお休みします。
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<Iris*Yonah in the ark>
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