死中に活あり / 古代戦艦イリスヨナよ、敵のど真ん中を進め / VS巨大イカ空中決戦3
「逃げられるかしら?」
「無理でしょうね」
私の状況確認に、フーカは冷静に答える。
フーカの言うとおりだ。
古代戦艦イリスヨナは全速力を出したことはないが、おおむね通常の戦艦と同程度の船足。
高速移動に特化した艦であるパウロが逃げきれなかった相手に、速度で敵うはずがない。
巨大イカはパウロの残骸を吐き出しながら、すでにこちらに腕を伸ばしつつある。
何もせずやりすごす、というわけにもいかなそうだ。
イカというのは賢い生き物だというが。
その行動には、目についたものを排除する以上の知恵は感じられなかった。
「なら撃破するしかないわね」
「円盤怪獣は、円盤さえ破壊すれば重量で自壊するのでしょう? 対空投射で円盤を破壊できない?」
無理だ。
「あの円盤はかなり強度がある。
前回は、船外にあった大出力のサンダーコントロール砲があったから、円盤を破壊できたけれど。
いまイリスヨナにある対空兵装では、せいぜい偵察むけの小型竜を撃退するのが精いっぱいよ。
円盤を破壊するには軽すぎる」
イリスヨナの兵装の中では、魚雷が命中すればあるいは円盤を破壊できると思う。
しかし当てられない。
酸素魚雷と同じ直径を持ち、強い破壊力を持つ。
相手が艦なら、船底がかならず海面下にある。
魚雷をホップさせるのは確実性がなく、また慣性力のみなので大して高さは稼げない。
イカの頭上にある円盤に当てるなんて芸当は無理。
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逃げられない。
古代戦艦イリスヨナの対空兵装では円盤を破壊できない。
(なら、やることはひとつしかないか。)
艦内放送で機関室へ。
『機関長、機関最大出力で、本船が直角まで傾斜しても大丈夫?』
「バカなことを言うな! 古代戦艦の機関部だぞ大丈夫に決まっておろう! 船を大事にしろバカ!」
こちらの考えを読んだかのように、言葉を荒げる機関長のレミュウ。
機関部を預かる機関長としては、船をもっと大事に扱ってほしいのだろうけれど。
私だって古代戦艦イリスヨナ自身として、無茶をしたいわけではないけれど、他に手がないのだから仕方がない。
円盤海獣は目前に迫っており、やるにしても、もう時間の猶予はなかった。
『巨大円盤怪獣を敵性と判定。機関最大戦速。進路を敵怪獣へ』
速度を、慣性力を稼ぐ必要がある。
すぐに腕が伸びてきて、吸盤に捕まる。
揺さぶられ、絡みついた腕で水流が乱れて、イリスヨナがガクガクと振動する。
構わない。
「イリス様、このまま突っ込みます!」
イリス様は動揺する船の中、船長席で私に向かってただ頷いてくださる。
迷いも恐れも感じさせない。
ああ。
イリス様が私へ預けてくださるそれが、最高に愛おしい。
だから絶対に守りたい。
「ヨナあんた何しようって」
と言いかけて、フーカの灰色の目が見開かれる。
艦船戦闘シロウトである私と、生まれてこのかたずっと艦隊戦のことばかり考えてきたフーカ。
私が考える程度のことを、フーカが思いつかないはずがない。
一瞬遅れはしたものの、フーカも同じ作戦に考えいたる。
当然だ。
なぜなら他に手がないから。
「この、あんた、バカぁ!」
補助椅子にしがみつきながら叫ぶフーカ。
「思いついても実行するんじゃないわよ!」
雑音がひどい状況なので、手を伸ばせば届く距離の相手に、艦内放送で飛ばす。
『掌砲長、副長! 前部魚雷発射管すべて装填! 調停は直射で全速力、起爆は時限で最短、安全装置はすべて解除!!』
「っ、おう!」
「了解しました」
掌砲長は舌を噛みそうになりながら答える。
副長はこの断続的な衝撃と雑音の中で平然と返事。
イリスヨナの妖精としてのスキルか何かか、と気にしていられる状況ではない。
『後部魚雷発射は速力ゼロで時限に調停。旋回開始』
後部魚雷発射の調停はイリスヨナのほうで行う。
こちらは掌砲長に任せるまでもない。
と思ったのだけれど。
『やっぱりごめん、安全装置解除だけよろしく!』
どうして魚雷の設定値OFFだけで済まないのか。
それは安全装置が安全装置で、つまりは簡単に解除してはいけないロックだからだ。
「パオロが飲み込まれてから引き上げられるまでに14秒よ!」
フーカが叫ぶ。
さすがフーカ、魚雷調停の起爆タイミング設定のために、いま一番ほしかった情報だ。
「うえっ」
すぐ横の丸窓に吸い付いた巨大な吸盤を見て、掌砲長が珍しい表情をしていた。
「イカのゲソはけっこう美味しいわよ。とくに炙ると美味しいの」
のんべいなら、酒の肴にもよい。
こんなに大きいと大味だろうから、まあ味を保証はできないけれど。
「掌砲長としてアイツを焼くのは大賛成だが、食べるのは遠慮しておく!」
などと余裕のない軽口を交わしつつ。
こちらから近づいているのだから、円盤怪獣との距離はみるみる縮む。
そしてここが、相手の出方次第になる、いちばん大きな賭けだ。
(開け、開け、開け。)
イリスヨナの船体に、さらに多く巨大イカの足が絡みつく。
もう後戻りはできない状態。
巨大イカが口を開いた。
円盤海獣には、こちらが何をしようとしているか、わかっていないのだろう。
どうせ口に入れるなら同じと判断したのか。
ともかく口を開いてさえくれたなら、それで良い。
円盤海獣にイカほどの知恵がなくて助かった。
間髪入れず、円盤怪獣の口吻に古代戦艦イリスヨナが突入。
衝突によるひときわ大きな衝撃とともに、本船、古代戦艦イリスヨナは巨大海獣に直接接触した。