艦を喰らう巨大海獣 / VS巨大イカ空中決戦2
眼前の巨大なイカは、浮遊都市を襲った円盤海獣の別種と考えられた。
イリス様が首をかしげる。
「『イカ』ってなに?」
「海洋生物の仲間です。骨のない軟体動物ですね。見た目通りですが、弾丸みたいな形状で、下部と言うか前部に脚が8本と2本あります」
答えてから周囲を見回すが、発令所員の誰も、イカのことを知らなかった。
スイがいれば、彼女は漁師一家の娘だからイカを知っていたかもしれない。
フーカが漏らす。
「骨がないなら、エビよりも形状を維持するのが難いはずじゃない?」
それを言うなら、エビだって無理だ。
エビ型の巨大海獣は全長100mを超えていた。
一説には外骨格生物の陸上での限界サイズは1mである。
伊勢海老が50cm近くにはなるらしいが、浮力がある海中でも、ヒトより大きな外骨格生物はまずいない。
巨大エビと同じように、巨大イカ海獣も、浮遊する円盤からラインのようなもので吊り下げられている。
もちろん吊れば大丈夫なはずはなく、力無さそうな細い足も、吊り下げるラインに関係なく、重力がないかのように空中を自由に揺れている。
「やっぱり、あの円盤が重力を制御できるのかしら。浮遊リングとでも呼ぶような?」
「もしそうだとしたら、かなりの高位魔法ね」
巨大エビは円盤を破壊されると重量で自壊した。
「必ずしも敵性とは限らないけれど、状況的に無害な相手ということはないのでしょうね」
相手がヒトでないなら、排除することに大きな問題はない。
宗教・社会常識的に巨大海獣の駆除が強く批判されないことは、レインとトーエに事前に確認してある。
私は動物愛護の精神はもっているつもりだけれど、人里に降りてきた熊を人命より優先する嗜好は持っていない。
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「艦が見えた!」
巨大構造物として一体のものと思われた艦は、大型のタンカー型の古代戦艦だった。
事情はわからないけれど、円盤海獣から逃げてきている。
「パオロだわ」
フーカが説明する。
「パオロ・ウィッチェロは輸送に特化した古代戦艦よ。
武装は前部の魚雷発射管2門と後部に機雷。戦闘力はないけれど、見た目に反して高速移動ができる」
確かに、相手艦はこちらへ直進しながらみるまに速度を増し、計測では時速80km/hに達しようとしている。
あのタンカーのような図体で、一般的な戦艦の最高時速より1.2倍は早いということになる。
「イリス様、可能であればあの艦を救援したく思います」
「ヨナの思うままに」
「あんた正気?」
フーカは遠慮なく食ってかかる。
言いたいことはわかる。
イリス家の古代戦艦イリスヨナは、大国アルセイア勢力であり、相手の大国ストライアとは敵対関係にある。
すでに何度か、海上で不正規戦闘も行っている間柄だ。
それでも。
「人命優先よ。それに、こちらはまだ攻撃を受けていないわ」
べつに私は自衛隊ではないし、イリス様を守らなければならない以上は、専守防衛を遵守するつもりはないが。
いらない争いを呼び込むことは、厳に避けたい。
それもまた、イリス様を守ることにつながる。
しかしこちらが状況を見定めて介入するより先に状況は進む。
円盤海獣の動きのほうが早かった。
相手艦のパオロに吸盤のついた腕を伸ばす。
「円盤怪獣の腕は、すでに完全に重力を無視してるわね」
しかも、円盤の効力範囲と思われる直下円柱領域から出ても浮遊状態は有効。
どうやら、円盤から腕の先端にぴんと張られた吊り下げラインが繋がっているのがその理由に見える。
腕の全長が無重力のように空中を自由に浮遊できる。
腕のさきの吸盤でパオロの船体にはりつく。
そのまま、細腕とは思えない力強さで、吸着した船体をからめとった。
巨大な船体と速度エネルギィを持っていたはずのパオロは一瞬で敗北した。
速度はがくりと落ち、巨大海獣の足元へ引き寄せられる。
そして。
「口ぃ!?」
フーカが心底不快そうに絶叫する。
海上に直立したイカの足元、スカートのスソを持ち上げるように、巨大イカの口が開く。
内側には、てろてろと濡れ光る歯とも触手ともつかない突起がびっしりと生えてさわさわと動く。
さすがに私も生理的にクるところのある情景だった。
巨大イカは、細腕を絡めて船尾からパオロを持ち上げる。
巨大イカの腕が強いのか、円盤の半径内では円盤海獣以外にも重力制御が働くのか。
どちらかはわからないが、重そうなパオロがあっさりと海面から引き剥がされてしまった。
胴の短い巨大イカがさらに横に膨張しながら膨らむ。
パオロのタンカーのような巨大な船体が飲み込まれていく。
そうして巨大イカの透明な胴体の中央に埋まっていた、巨大な歯車が動き始める。
回転に連動するようにずるずると引き上げられて飲み込まれていく古代戦艦パオロ。
歯車は円形に並んだ歯だった。
どこかで見たことのある配置に思ったが、たぶん、先カンブリア時代に絶滅したアノマロカリスの口。
輪切りのパイナップルのように真円に並んだ歯が、ぐるぐると回転しながら中央へ収束していく。
飲み込まれたパオロの船体へ突き刺さると、そのまま強固なパオロの表面装甲をあっさりと粉砕し、パオロは断面から圧潰していく。
直後、ごおお、という閉じこめられた長い爆音とともに、魚雷が誘爆したパオロが赤い内容物を漏らしながら砕けていった。




