空中の敵影 / VS巨大イカ空中決戦1
(「第129部分 デザイナ トーエの一日 / 艦船、その制約の片隅で、快適な鉄の棺桶を目指して」後にエピソード追加。後日移動。)
「洋上に浮遊する影を捉えました。幅は訳20m、全高100mをこえています」
調査漁業を目的とした半日航海。
イリス伯領地の沖合から少し離れて、付近の海底調査をしていたとき、聴音とレーダにその姿を捉えた。
古代戦艦イリスヨナ、第1発令所のVHUDに投射映像を映す。
船体に半ば埋まった第1発令所の前面をディスプレイにして、洋上から斜めに影がそびえ立つモノクロ映像。
影はこちらに接近してくる。
海にピサの斜塔でも建っているのか?
しかし、私の知っている建物は移動しない。
「でも都市がひとつ浮いていたこともあるし、この世界では普通にありうるのかしら」
私の疑問に、副長が答える。
「浮遊城にしてはサイズが小さすぎます。このサイズでは浮遊装置が収まらないでしょう。
何より洋上でヒトが活動しているということが、まずありえません」
「では古代戦艦ということ?」
聴音によると、スクリュー音はある。
だが影の大きさと比べて、機関出力が小さすぎる。
こんなに縦長な艦がありうるのか。
その疑問には古代戦艦の博識家であるフーカが答える。
「ありえないわ。大きさはともかく、高さが100mを超えて直立する古代戦艦なんて。
もちろん、大国ストライアにはそんな古代戦艦はなかった」
「フーカが知らない古代戦艦ってことはない?」
私の確認に、フーカは赤髪を怒らせながら断言する。
「ありえないわ。すくなくとも、大国ストライアの古代戦艦に、私が知らない艦は一隻たりともないわよ」
とんでもない自信だが、フーカは大国ストライア巫女王家の血族だ。
巫女を目指し古代戦艦知識を蒐集していたフーカが、知らない艦などありえないというのだから、信用してよいだろう。
あるいはフーカも知らない、大国エルセイア側の未知の古代戦艦か。
「ヨナ、あんたの艦船知識はどうなの。該当する艦種に心当たりは?」
「ない。あんなのドイツもイギリスも作ってなかったわ」
あっそ、とフーカ。
もちろんフーカは『ドイツ』『イギリス』どちらも知らない異世界の国だが、艦船知識を情報交換中に何度も登場した国名だ。
記憶力の良いフーカは、すでに第二次大戦の結末まで、私がいた世界の艦船海戦史を頭の中に収めている。
「ならあれは大国エルセイアの古代戦艦でもないわよ。
ヨナの知識にもないなら、そんな型式の艦船は古代戦艦でもありえない」
フーカに確認をとった、知る限りの大国ストライアの古代戦艦は、おおむね現代艦艇知識の常識的な範囲に収まっている。
もちろん仔細は異なり例外もあるものの、すくなくとも船体形状としてはそうだ。
「古代戦艦でないとしたら、この影の正体は何かしら?」
副長が言う。
「横倒しになった飛行船が、風で洋上に流されてしまったとか」
「形状はそうだけれど、レーダ解析による密度が違いすぎるわ。水素の気球というより、水のかたまりに近い」
私は答えて、イリスヨナの体勢を整える。
「ともかく、全館を第2種戦闘配置へ。イリスヨナは警戒態勢のまま接近します」
それでよろしいですか? と船長席のイリス様に問いかける。
「ヨナにまかせます」
レーダはマスト上にあっていちばん視界が広いが、接近していけば、いずれ光学で捉えられる。
そうして見えてきたのは、三角の半透明なずきん。
浮遊首都を襲ったのと同じ、巨大な円盤。
レーダの精度が上がり、10本の足が映る頃には、その正体が明らかになっていた。
「どう見ても『イカ』よね」
ずんぐりむっくりとした、透明度の高い、巨大なイカが海上に浮遊していた。