幕間:お米ありマス / この世界の主食事情
「この世界、お米、あるのっ!?」
「ありますよ? たまに食べます。ヨナ様なんでそんなに驚いているんですか」
食事会での雑談中に判明した衝撃の事実だった。
「うわー、あるなんて思ってなかった」
「お米、嫌いなんですか」
「やらいでか」
いやこの言葉は違うか。
「好きか嫌いかで言ったら無いと困る。米の無い暮らしを嘆いていたくらいよ」
考えみればこの世界、パンがあるということは『麦』があるんだから『米』があっても何の不思議もないのだ。
あれこれ西洋風なので、すっかり無いものと思いこんでいた。
「というか畑作はどうやってるの? 水田は」
「河川敷で麦と一緒にやっていますよ」
なるほど水を引くのは簡単だものね。
この世界において河川敷は国家に匹敵する大面積を持つ巨大な穀倉地帯である。
数年に一度河が氾濫して畑が流れてしまうが、そのための蓄えがあるし、川上からの養分で翌年の収量が増えて採算が合う。
古代エジプトがナイルの氾濫により収量が豊かだったという話があるが、要はあんな感じ。
河川敷はまったいらなので開墾の苦労もない。
山の斜面に水田で、崩れるたびにひな壇を作りなおさなければならなかった山脈の地震列島日本とは大違いだ。
というかなんでそんな逆境のなかで米を作ってたんだ日本人。
「ジャポニカ米みたいなふっくらしたお米があるといいなぁ」
イリス伯邸でイリス様の食事を管理しているのは、使用人のエミリアさんだ。
「ヨナ様、米にはいろいろ品種があるようですから、ヨナ様のお気に召す米もあるかもしれません。今度、取り寄せてみましょうか」
「お願い。それにしても、どうしてこれまで米の食事が出たことが無かったの?」
まさか、この世界のお米はおいしくないのか。
アワやヒエのような救荒作物扱いされているとか?
「それは、まあ、面倒ですから」
それがエミリアさんの答えだった。
トーエが補足してくれる。
「貧乏食ってことはないですよ。ただちょっと珍しいというか。
日常食ではないんです。専門の民族料理店とか、たまにキレイなカフェのメニューにありますね」
東京におけるナシゴレンとかキッシュとかの扱いらしい。
「まあヨナ様にお出しする等級のものを見つけて手配するのも大変でしょうし」
「イリス家は、一番良い小麦で作ったパンをお出ししているんですよ」
エミリアさんいつもありがとうございます。食事おいしく頂いています。
確かに、パン食に最適化された流通経済と食文化の中で、お米が食卓に割り込むのは難しいのだろう。
「わたし、このあたりで暮らしていておコメって畑でしか見たことないです」
「米って煮て食べるんだっけ? たぶん食べたことないわね」
と言ったのは、スイとフーカだった。
彼女たちは市民と遠方の王族で出自がまったく違うが、お米と縁がないのは共通らしい。
まあこの世界でのお米の立ち位置というのは『手間をかけてまで食べるものとは思ってない』ってところか。
日本人だって、家でソバを打ったりパンを焼いたり生パスタを作ったりするのは変人の趣味扱いだし。
「そういうことなら私が炊きます」
「いやヨナ様がそんな」
「炊かせてください」
「は、はい...」
いちおう、子供の頃にキャンプで飯盒炊飯の経験がある。『はじめチョロチョロ中パッパ』というやつ。
まさか船になっておいてから、いわゆる『陸さん』でないのに飯盒炊飯じみたことをすることになるとは思っていなかった。
まあでも、これで米食ができるのか。
パンも好きだけれど。
日本人だけれど、私は米が必須だとは思わないし、今でも無いから辛いとか死ぬとかは思っていないが、あれば嬉しいというのはちょっとある。
「ああでも、朝はパンがいいなー。お昼はどっちでも良くて、夕食はごはん食だと嬉しい」
私の何気ないつぶやきに、ざわっとした空気が流れた後、会話が止まる。
「あれ、私何か言ってしまったかしら」
「主食がコロコロ変わるのはちょっと」
「そんなにバラバラなものを一日に食べたら身体を壊しそう」
「私も、一日同じものがいいかなぁ。おかずか付け合せでアクセントを変えるくらいで。せめて主食は日毎に合わせたい。その日はパン、次の日はごはんとか」
「栄養ブロックが楽でいいですね」
「あれ好き。本を読みながら食べられるから素敵」
最後のほう、非人間な意見が出たのと名誉小学生はそれに同意しないで。
「それで済むなら食事会の意味とは」
「そういう互いの違いを知って、妥協点を探ることでは?」
まあ、確かに、うん。
でもゆくゆくは、金曜日はカレーの日にしたいのだ。
みんなに受け入れてもらえるといいのだけれど。