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かならずしも幸福を呼ばないものたち / 座敷わらしのチセ2

「チセ、手すりにしっかり掴まって、スカート気をつけてね」

「ん」


機関室のはしごの下からトーエがチセを見守る。


「見学者が来るとは聞いていたが、驚いたぞ。

まさかこの時代に座敷わらしと出会うとは。

それも向こうからやってくるとは想像しておらんかった」


レミュウは若干声と肩から力が抜けており、さっきまで緊張していたことが伺える。


結界が壊れるというのはそんなオオゴトだったのか。

機関室怖い。


「神話時代の規約だ。神の雷が飛び交う当時ならいざしらず、いまさらになって、世界の天地がひっくり返るサマを見たくはない」

「私の知識からすると『座敷わらし』というのは、そんなに大げさな怪異だとは思っていなかったのだけれど」


以前に本で読んだとき『座敷わらし』というのは家に憑く妖怪で、家族に幸福を運ぶ存在だと書いてあった覚えがある。


「それは現代の座敷わらしのことだな。我様の言う『座敷わらし』はもっと古い」


レミュウはさらりとそう言ってから、説明をしてくれる。


「現代の座敷わらしとは、名前が同じだけで、関係はない。

互いにまったく異なる現象だ。

というか、現代の座敷わらしは古い時代の座敷わらしから名前をとって付けられたのだよ」

「じゃあチセはなんなの? 妖怪?」

「チセ殿はヒトだよ。特徴のない人間種だろう」


チセが機関室の床を踏む前に、トーエがはしごの上のチセを抱き上げる。


「ただ、世界観が違う。チセ殿に見えている世界は明確にヒトとは異なる。

座敷わらしにとって、幸不幸はスライダで操作できるパラメタに過ぎん。

そうでない者を相手に、どう言えば伝わるものか」


少し考えてから。


「そうさな、現代座敷わらしの幸不幸のイメージに合わせて説明するならば、こうだろうか。

ヨナや普通のヒトにとってゲームのダイスは振り投げて結果を運に任せるものだが、チセはダイスを好きな目で置いてよい。

座敷わらしはそういう特権者であれるモノだ」

「それってすごく便利そうですよね。それに、幸運を引き寄せられるという意味では、現代座敷わらしとそんなに変わらないような」

「引き寄せるのと確定できるのは違う。決定的にな。

それに、幸不幸が数あるスライダのひとつにしか見えない者が、たかがスライダの位置などに頓着すると思うか?」


レミュウの視線に従い、機関室を見渡す。

肋骨とコアの祭壇のような部屋。機関室にはなんだかわからないスライダとメータが壁のあちこちから生えている。

私はさっきまでそれに気づいていなかったし、気づいていても意識していなかった。


当たり前にそこにあるもの。


機関室のシステムであることを考慮外にしても、あえて触ろうとはまず考えない。


「そこが違う。現代座敷わらしは、あくまでヒトに近い存在で、幸不幸にも関心がある。幸福のほうばかりを呼ぶとは限らないが。

だが本来の古い座敷わらしは、幸不幸どころか、たいていはヒトそのものに基本的に関心がない。洪水や台風に近い」


洪水はともかく、台風の例えは日本人としてはわかりやすい。


台風は稲作に必要な水を運んでくる命の恵みだが、洪水を起こして家屋をなぎ倒しヒトの命を奪う。


禍福はあざなえる縄のごとし。

簡単に幸福を呼べるなら、不幸もまた同じく。


神様とはすがり祈ることで望みを聞き届けてくれる相手ではなく、伏してただ何もしないでくれと願う存在だと考える。


「あとは成立過程の違いだな。

子供が事故であるいは何者かの意図によって妖怪化した幸福調整器が現代座敷わらしだ。

本来の座敷わらしは普通の子供が誰でも生まれつき持ちうる価値観のベクトルに過ぎない。

可能性であり再現不能な自然現象だ」

「レミュウの言う座敷わらしの理屈はわからなくもないけれど。でも、チセはそういう存在とはとてもじゃないけれど思わないわよ」


チセがトーエを大事に思っているのは、私から見ればわかりやすいくらいわかる。

個人に執着するチセのあり方は、レミュウによる座敷わらしの説明と合わない。


「それもそのとおり。そもそも、チセが普通の座敷わらしならば、この歳まで存在しているのがおかしいからな」


トーエが穏やかに割って入る。


「話の途中ですみません、それって、チセは死ぬということですか」

「死ではないよ。ただこの世界には戻ってこないだけだ」


レミュウの話はにわかに現実離れしているが、冗談は雰囲気のかけらもなかった。


「座敷わらしの結末は、新旧どちらもあまり変わらん。

作りものは、幸福調整器は結果として次元の狭間に落ちて消える。

天然の者は、興味関心の向きで次元の向こうに渡って戻ってこない。

チセの歳なら、もうとうの昔に消えているものだが」


周囲の視線がチセに集まる。

チセは、どう見てもイリス様と同年代の幼い童女に見える。


座敷わらしの寿命の短さが知れるというものだ。


「これ、訊いても大丈夫かわからないですけれど、チセが消えていないのはどうしてですか」

「簡単だ。ここにいたいからだろう」


あまりに簡単すぎる結論だった。


「チセがここに留まるか旅立つかは、当人の気持ち次第だ」

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