干し芋と旅行カバン
「このイモの束はいったい何なの?」
「ヨナさんについて国外に行くって言ったら、実家のおばあちゃんが持たせてくれたんですが」
保存性を重視した硬めの干し芋。
引っ越しの時に衣類を詰めてきたのだろう、木の皮を編んだ背負い鞄。
中の衣類は、寒暖に対応するためか、長袖と軽装。
「親戚が交易で馬車旅をしている知り合いの家族なんかに話をきいてきてくれて、持ち物のリストとか。
水瓶と薬箱はかならず持っていくようにってアドバイスをもらいました。
あと、お金は2か所以上に分けておけって。こちらが、鞄に隠すほうのお財布」
おずおずと顔の前で示す布の小袋。
まあそれは間違っていないけれど。
『旅行の準備について教えて欲しい』と言われて、何のことかと思って来てみればこれだ。
「あなた、旅人にでもなるつもりなの?」
「いえ、艦長を目指しているつもりですが」
仮に旅人になるのだとしても、武器とかいろいろ足りないけれど。
ため息ひとつ。
「着替えは支給された制服が3セットぜんぶ、一着を着て、そのまま持っていけばいいから」
支給された制服は正装にも普段着にもなり、可愛らしい外見によらず恐るべきことに、ちょっとした作業にも耐える。
「薬箱とかいらない。常備薬があればそれだけ持っていきなさい。財布は適当に」
なくしたらヨナあたりに借りればいい。
「他には何もいらないわよ。せいぜい小物と化粧品くらい。
というか、あんた水瓶背負ってイリスヨナに乗船するつもり?」
スイはふるふると首を横にふる。
「そもそも必要な旅荷物は旅程によるのよ。
あたしたちは別に単身で荒野を渡ろうっていうんじゃないのだから」
古代戦艦イリスヨナは、いわば移動する高級宿屋だ。
たとえばイリスヨナには洗濯メイドはいないが、洗濯機がある。
魔術を使わず途中乾燥までしてくれるというスグレモノだ。
「古代戦艦イリスヨナの客室は、この宿舎よりも豪華なくらいよ」
机と椅子にベッドに収納。
風呂トイレ別かつ個室毎で、共用でない。
イリス家の使用人により、週2回の清掃が行われる。
貴人の生活には及ばないが、ふつうの市民の暮らしではない。
常勤メイドがいないくらいか。
「イリスヨナにはメイドも乗船しているの。旅程中、あたしたちの雑用は任せていいってヨナとは話をつけてあるから」
「メイドさん!? 何かお願いするなんて、恐れ多くて想像できないんですが」
「何いってんの。あんたは艦長になったら100人をくだらない人数の部下に命令するのよ。他人を動かすことに慣れなさい」
専属メイド付きの暮らしはなにしろラクといえばラクなので、いちど知ると今度はない生活が大変かもしれないけれど。
しかし一方で、ぜいたくに慣れて堕落するスイの姿が想像できない。
「まあでも、わからないから他人を頼ったのは良いことね」
わからないことを認識できないとか、他人に頼ることができない、というのは誰にでもある傾向で、上手く他人に頼るのは難しい。
スイはそのへん、大丈夫な人物なのだろう。
先輩より後輩向きな人格だ。
「そうなると干し芋は」
「いらないわね。食べちゃいましょう」
ぶどうの房とか、針がたくさんある釣り竿みたいに、紐がわかれて先にスライスされた芋がつながっている。
そのうちひとつを無造作に引きちぎり、かじる。
「ああ、もったいない。もったいない、ですかね?」
「保存用なら普通より作るのに手間がかかるでしょうしね」
手間がかかっているわりに、おやつにするには甘さが足りない。
「うん、まあ、おいしいわ」
「お茶請けにはいまいちですね」
全くそのとおり。
「ま、そこそこ味わって食べなさいよ」
それは私が意図して捨ててきたもので、羨ましいということもないが、持っているなら大切にしてもよいものだろう。