古代戦艦イリスヨナのギミック / 便利なスイッチをつけよう(でもコレ、いくらなんでもアナログが過ぎない?)
はじめて見る金属接点にあっさりと銅線を結んだミッキは技量も相当にあるのだろう。
なんとなく天井を見ながら艦内放送。
『こちら発令所。レミュウ、ミッキが合図するわ。機関室の準備はいい?』
『いつでも良いぞ』
接点はもちろん古代戦艦イリスヨナを操作するためにあるので、短絡したら何が起こるかはわからない。
特に今回は目的外使用のため、何が起こるかわからないので機関室では機関長のレミュウが事態を見守っている。
ミッキが両手に銅線を持って。
「機関長、カウントでいきます」
『おう』
「3、2、1、ファイア」
ちなみにミッキが言う『ファイア』は、『撃て』(発音は組織によっては『てっ』)のバリエーション。
副長や掌砲長が『発射』と言ったりしているが、古代戦艦イリスヨナには決まったルールはない。
この世界で、海洋軍事は体系文化ともに根こそぎ100年前に失われているので、過去にどのような掛け声が使われていたかはわからない。
イリス漁業連合を立ち上げるにあたっては、そういった細々したことまで考えておく必要があり、私は記憶をしぼり出し、トーエはマニュアル作成に奔走している。
決めておいたから定着するとは限らないが。
イリス様の麾下として、放っておいたせいで『Fワード』みたいなのを連呼する組織になる未来は避けたい。
「あ、感じたわね」
流れたのは電流だが、ぴりりんとはしない。
右足のアキレス腱横の窪みを触られたような。
そんなところも人体にあったなぁ、みたいな感覚だった。
『機関長、そっちはどう?』
『機関は変化なし。艦内照明に同期していたようだぞ。艦尾の魚雷発射室だ』
ああ、なるほど。
言われてみれば照明が一瞬暗くなったログがある、気がする。
集中力がいるのであまりマジメに追いかけていないけれど。
ともかく目的は別にある。
第一艦橋前面のVHUDにシミュレータを映す。
ミッキが両手に持った銅線を、離した状態で持ち上げる。
「じゃあ、ミッキが短絡させたのを合図にして機関停止するわね。シミュレーション開始」
仮想粘性流体の海を、船体が直進する。
速度が乗って安定したところで、ミッキが無言で接点を短絡させる。
慣性のついた船体は最初は変化なく、しかし摩擦で速力を失っていく。
描画されたシミュレーション右上の情報表示は、短絡と機関停止が同時であったことを示していた。
「ヨナさん、調子はどうでしょうか」
「うん、いい感じよ。開始前に紐付けておけば、そんなに意識していなくても大丈夫みたい」
シミュレーションも内容が入り組んできて、そろそろミッキからヨナへの口頭指示ではいろいろ限界が見えてきていた。
今回はほぼむき出しの銅線を使っているが、それっぽいスイッチを被せれば、それで『ボタン』の出来上がりだ。
「キーボードへの道は遠いけれどね」
イリスヨナに対して言語入力できても特に使いみちはないので、本当にキーボードを作ろうとは思っていない。
せいぜいテンキーがあればシミュレーションパラメタの入力に便利かなくらいだけれど。
「これでシミュレーションがはかどります」
いつもの調子に少し喜色が混じるミッキに、私の脳裏には義妹の徹夜を心配するトーエさんの表情がよぎる。
せめて、夜ふかしにならないように気をつけよう。
古代戦艦イリスヨナである私にできることは、シミュレーションの計算機役と、せいぜいそれくらいだった。