古代戦艦イリスヨナのギミック / こんなパネルが艦内にいくつもあるの?
「この伯領地にも、イリスのティアラみたいに、間接的に操艦補助する魔術はあるようだけれど」
古代戦艦イリスヨナの第一発令所。
フーカがしゃがみこんで、床にあいた穴に指を入れて調べている。
鋭い灰色の視線は無機質な床のオウトツの上を走り、短く深い赤の髪が存在を主張しながら揺れる。
細長い手で抑えつけられた連合制服のセーラー服のスカートが、イリスヨナの床を撫でた。
「あたしのいた国では、さらに進んで、魔術具で古代戦艦を直接制御するための研究も行われていたの。
一部はすでに実用化されていて、巫女なしで操艦はまだ無理でも、巫女の操艦補助にも使われているテクノロジィ、なの、よっと」
指先で何かをひっかけて引きながら、足で床を強く踏み抜く。
ガコンとガシャンの中間みたいな音をたてて、船長席右横の床がせり上がって開く。
足元にあるのは、規則的に並んだ細かい金属接点だった。
古代戦艦イリスヨナの制御インタフェース。
いつものことながら、イリスヨナ自身である私が存在すら知らないものだった。
「ほんっとに、古代戦艦のくせに何も知らないポンコツよね、あんた」
「否定のしようがないわ」
何度も言っているけれど、ヒトが平時に心臓を動かし生きるのに医学知識がいらないのと同じだ。
古代戦艦自身には操艦機能さえあれば、それを成り立たせるテクノロジィ知識は必要ない。
私が日本で暮らしていて持っていた科学知識から推測できることより、ミッキの造船知識やフーカの古代戦艦と魔術への知見からわかることのほうがずっと多い。
フーカは振り返って言う。
「ミッキ、あんたの希望に叶うのは、たぶんA-10系統の接点じゃないかと思う。
外部電源なしで短絡して使えるし、パルスがなくても古代戦艦が認識するはずだから」
細い金属線を持ったミッキがうなずく。
「ヨナさん、試してもいいですか?」
「ちょっと待ってね。心の準備が。えっと、うん、いいわよ」
フーカがここだと指さしたのは、接点の中で、金属のピンが立っているあたり。
間違って素足で踏んだら血だらけになるだろう。
痛そう。
「すぐに曲がってしまいそうね」
「わざとやって試したことはないけれど、ちょっとやそっとじゃ傷つかないんじゃないかしら。
少なくとも、これまで折れたという報告はない。細くて弱そうに見えても、古代戦艦の制御端末なのよ」
「ところでパルスって何?」
「どうやら古代戦艦の接点には、波形に乗せられた制御コマンドがあるらしいのよね。
ただ、ほとんどは時間分解能が高すぎる。
魔術は人間の思考速度に律速されて、細分と即応は苦手な分野だから、扱いが困難なの。
読むのがやっとで書き込み信号を作るには至っていない」
人間の神経に電流が流れているのと同じようなものだろうか。
「寝ている人体に電気を流して、筋肉を収縮することで腕を上げるくらいはできるけれど、5本の指でものを持ち上げさせるのは困難、みたいな?」
「そうね、おおむね間違ってないんじゃないかしら」
話しているうちに、フーカと入れ替わりで床にはりついて銅線をいじっていたミッキが顔を上げる。
「準備できました」