自分らしく、後輩らしく / 艦長候補生たちは漁網を引く1
(どうしてあたしが浜で、労働者に混ざって網を引かなければならないのか。)
「フーカさん、きょうも網にお魚さんがいっぱいだそうです。稼ぎどころですよ。燃えていきましょう!」
スイはこういう、収益が『わかりやすい』仕事をはりきる傾向がある。
短い付き合いの中で気づいたこととして、スイは自分が『育てられている』状況に、まだ馴染めていない。
部下の育成という長期的な視点がなく、ピンときていないらしい。
そこは、イリス伯領地周辺の一般市民としてはごく普通といえる。
スイ、勉強は嫌いではないようだし、自分のためになるということが理解ができている。
そういう目の良さはあり、しかしだからこそ、ボスであるヨナに利益を生み出していない、いまの自分の立場が気まずく思うのだろう。
それにしたって。
(こ の あ た し が 網 を 引 く で す っ て。)
どうしてそんなことを、という顔のフーカに、スイが答える。
「ヨナさんが言っていたではありませんか。尊敬される艦長になるためにも、まず現場の仕事をがんばれって」
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提案したのはスイだった。
きっかけはヨナの『艦隊』話。
ヨナは、艦長候補生であるスイとフーカに、自分がにわかに知っているという艦隊についての話をよくする。
その中で出てきたのが、ヨナから艦長候補生たちへのちょっとした無理難題だった。
「乗員は雇用されているけれど、全員が命を差し出してくれるような手当ては支給できないわ。
あなたたちは艦長として、戦闘状態であっても乗員たちに指示をきいてもらう必要がある。
イリス漁業連合は軍隊じゃないから、命令違反を軍法会議で処刑ってわけにもいかない。
つまり、特別なうしろ盾がない状態で、艦隊を指揮することが求められる」
我ながらすっごく無茶を言っているのだけれど、とヨナはひとりごちる。
「ここでひとつ、『上官』としてはズルいと言いたくなる事実があってね。
技術者というのは、自分よりも優秀な技術力を見せつけた相手を尊敬するものなの」
何がズルいかといえば、技術者というのは一日の業務時間をすべて1つのことに注ぐ専門家だ。
機関・操艦・掌砲・衛生・喫食・通信・航行・リネン・医療。
対して上司は、絶対に管理業務があって、とてもじゃないけれど専門知識を深める時間はない。
それも、部署の数だけある幾多の技術部門すべてを深く把握することは、ぜったいに無理。
「そして現場作業者である乗員たちも、そうよ。
少なくとも、現場を知らず、自分の手を汚すことを嫌がる上役を、表面上はどうあれ、彼らが本心から尊敬することはない」
「つまり、艦長として働き戦闘時も指示に従ってもらうために、誰より広く深く、尊敬を受けるに値する実力をつけろ、と?」
「それがひとつのやり方というだけよ」
ヨナは、その言い様にプライドを刺激されたフーカよりも、無理難題に泡を食っているスイに対して言う。
「やり方はひとつじゃないわ」
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浜辺に、どこか気合の抜けた掛け声が響く。
網ごとにいくつかの集団にわかれて、やり方はそこそこ揃っているが、あとはバラバラ。
「あの、網引きのお手伝いにきました。混ぜてください」
「ああ、ありがとうよ」
スイはいちばん近くの集団にそうやって混ざり、網を引き始める。
とはいえ少女ひとりの力は、巨人族や鬼の大男たちも混ざっている中で、あってないようなものだ。
「あ、本当に重いですね網。お魚たくさん入ってます。フーカ、こっちですよ! いっしょにやりましょう」
それを少し引いたところで見ながら。
近所の避難民を中心に、子供や主婦も混じって、網引きの力仕事。
漁獲を管理するためのまとめ役はいるものの、網引きの手際は明らかに素人集団で、指導が行き届いていない。
フーカは考える。
浜辺でひとり、ふんぞりかえって態度だけ偉そうな貴人風の約立たずを演じるのと。
この視点がまだ小市民で困る、どうにも憎めない先輩に、後輩らしくつきあって嫌々でも網を引くのと。
どちらが自分のプライドに叶うか。
「まったく、これだから魔力を持たない考えなしは困るわ。見てられないのよ」