あぶない視察と報告書(少なくとも起こったことに嘘は書いていない)
「ところでヨナ、次の仕事を頼むのだけれど」
エーリカ様なので『頼みたい』とかではないのですね。
というかわざとその言い回ししてませんか。
「ちょっと荷物運びの名目で、隣国を視察してきなさい。ついでに誰か中枢の人物にアポとっておくから、会って話をきいてきなさい」
古代戦艦イリスヨナによる運送・輸送業。
『択捉』進水をもって稼働をはじめるイリス漁業連合が、それまでのスタートアップ資金と諸々の糊口をしのぐために、なし崩しで始めたそれが。
とうとう『名目』にまで成り下がってしまった。
いや別にそれはともかく、問題はそこではなくて。
『隣国』といえば、私たちの属する大国アルセイアを裏切ったという疑惑の渦中。
第五皇女様の命を狙い、古代戦艦イリスヨナ(つまり私)が撃沈した敵古代戦艦が通行したという噂の。
どうして私が、とは言うまい。
「隣国にすっごく興味はありますが渦中に飛び込みたくはありません」
「それと前回の依頼で使った魚雷の補填なのだけれど」
「また撃たせる気マンマンの話運びにしか聞こえない!」
「航行中の戦闘を含めて『報告書』、よく書けていたわ」
「ありがとうございます」
記憶は曖昧だけれどイリスヨナになる前の書類仕事の知識で乗り切りました。
(本物の戦闘報告書は参考にしなかったのかって?)
船が好きなだけの艦船オタクがそんな色気のない原典をマジメに参照したことなどあるはずがない。
(いや見たこと無いってほどじゃないから、章立てとかフォーマットは参考にしたけれど。)
「書類は受理しておいたわ。
それで、港湾到着時に現れた巨大海獣に対して『戦闘を見守っていた』トコロとか、帰港中に一週間も『敵艦に足止めされていた』トコロとか」
エーリカ様は、フーカをツメていたときとは比べ物にならない、獲物に噛み付いた肉食獣の笑顔で。
「私にはヨナの口から改めて直接、報告を受けたいのだけど?」
「わかりましたっ! ここではなんですので後ほどイリスヨナの船内でっ」
トーエたちは知らないほうが安全だし、機密の守れるイリスヨナ船内でなければ話せない話ではある。
エーリカ様を相手にして、時間を稼いでごまかそうとかは、最初から考えていなかった。




