デザイナ トーエの一日 / エーリカ様の祝福
「おかげで、フーカの人となりもよくわかったわ。ところで、もうひとりのあなたも、ヨナの麾下なのよね?」
「も、申し遅れました」
エーリカ様の視線には、もう険も魔力も籠もっていない。
向けられたスイは、いつからそうしていたのか、フーカを庇うように一歩前に立っていた。
「私は、イリス漁業連合の作戦一課所属、海洋技術学校の第一期生、艦長候補生スイです!」
フーカさんにハッパをかけられて、先輩らしく振る舞おうという努力なのだろう。
言葉どころか視線ひとつでスイの首をはねることのできる、はるか高位の貴人であるエーリカ様の前で、震えながらでも。
ヨナさんから与えられた立場はやたらと文字数が多いが、スイは諳んじてみせた。
イリス漁業連合も海洋技術学校も、実はまだ立ち上げ前で存在していないけれど。
「あなた、魔力の素養も触れる機会もなかったのでしょう? さっき逃げ出さなかったのは良いわね」
逃げないのは当然というか、スイは立場的に逃げられないのだが。
「だからそうね、あなたには私から褒美を授けましょう。これ、あげるわ」
そう言って、エーリカ様は腰から細身の長剣を抜き、他人の家の床に無造作に剣を突き立てた。
「フーカはともかく、あなたは身を守る術もろくに持っていないのでしょう。
何より、私の敵たるヨナの臣下であるあなたが帯剣もしていないなんて、許しがたいことだわ」
青く輝く長剣は、神剣フラガラッハから形状を採った複製品。
神剣は複製品でも魔力の素養がなければ扱えない本物の魔剣。
けれど、使えなくてもそれなりの武具を身に帯びているだけで、周囲の目から何からいろいろ違う。
エーリカ様は、スイが剣術をおさめていないことは当然承知の上で、これを授けたのだろう。
しかし、細身の長剣は、武闘派であるエーリカ様の帯剣とは思えない。
もしかして最初から、適当な理由をつけて押し付けるつもりで持ってきた剣なのでは。
そうだとしても、エーリカ様がスイに剣を下賜する理由は相変わらずまったくわからないのだけれど。
スイは泣いていた。
感動ではなく恐怖で。
いつでも自分の首を物理的に飛ばせる実力があり、そうして何も差し支えない高貴な存在が目の前にいる。
魔力のオーラで全身を押しつぶしながら、である。
怖くないほうがおかしい。
「あっ、ありがとうございます」
蚊のなくような声で、失礼にならないよう、ぎゅっと目を閉じるのがやっとだった。
「それにしても、イリス家はヨナと違って手が遅いのね」
エーリカ様はイリス様を見る。
イリス様は無反応。
スイの帯剣は、実はイリス家でも手続きを進めていた。
どうあれセーラー服が扇情的であるのは否定できないので、護身する術は必要だという結論になっている。
今でも大事な艦長候補に護衛はつけているし、イリス漁業連合の立ち上げと同時に、幹部職員に常備武装の許可を出す根回しが始まっていた。
スイひとりだけであれば、イリス家でも今日までに帯剣させられたかもしれないが、やはり大変ではある。
対して、エーリカ様の権力があれば、その場の思いつきで済む話なのだった。
というか、問題なのは、ヨソの臣下に横から勝手に賞与を与えるというのは、明白な引き抜き行為だということ。
普通なら御三家でもイリス様の目の前で、こんなあからさまな態度ではやらない。
今はまだ何の技能も身につけていないスイを、手に入れる理由はエーリカ様にはないが。
つまり。
『イリス家は臣下をまともに待遇してやることもできないの?』
という嫌味である。
イリス様は相変わらず反応がないが。
とはいえスイは平民なので、そういう貴人の駆け引きの作法を知らない。
そういう機微には疎くもあるので、嫌がらせとはいえ、自身が御三家から引き抜きを誘われているとは思いもよらない様子のスイである。
そしてこの場でもうひとり、そういうセンサを持たないヨナさんは、軽口。
「人材を漁る手の速さを褒められても困るのですが」
「あら、ヒトを見極める目と誘引の強さは才能よ。
それに出会いの縁と運も忘れてはいけないわ。
どちらも、望んで得られるものではないもの」
「やたらと良縁に恵まれるなぁとは、思っていますよ。
イリス様の船であれることは私の幸せです。
エーリカ様にも出会えましたし」
ヨナさんの言葉をエーリカ様は鼻で笑うが、皮肉さはなく、素直に満足げだった。