世界初の『艦長』の座 / ふたりめの艦長候補生
「当面の目標は、私たちの建造する海防艦『択捉』の進水・洋上航行です」
イリス伯邸の会議室。イリスヨナ帰港後、初の会議。
イリス漁業連合(まだ設立していない)のコアメンバが集まっている。
イリス様、私ことヨナ、副長、掌砲長、ミッキ、トーエ、チセ、スイ。
そして短髪赤髪に鋭い灰色瞳のフーカ。
「きょうは造船スケジュールを中心に情報共有と打ち合わせをするつもりなのですが、まずは新人が入りましたのでその報告を。
新メンバーのフーカを紹介します。フーカ、自己紹介おねがい」
「フーカよ。よろしく」
不機嫌や不本意といった様子ではない。が、口調も態度も新人とは思えない不遜さ。
そして何も説明していない。
フーカの過去についても、レイン全面協力のもとで教会ノウハウに従い決めてある。
過去の経歴は白紙。すべて抹消済み。
イリス伯領地でヨナが拾った放浪者で、過去は後ろ暗いことをしていたのだ、ということにしておいたという。
ダミーの経歴として、クリーンな過去を用意する選択肢もある。
フーカは頭が良いので、用意した偽史を問題なく覚えられるし、演技もこなせるだろう。
とはいえ常に余裕がある状況とも限らず、何がきっかけで嘘がバレるかわからない。
だから偽史は偽史として用意しておきつつ、後ろ暗い過去であるためあまり自分について語りたがらない人物、としておいたほうが良いという判断だ。
『イリス漁業連合』がこれから職員・船員をかき集める都合もある。
偽史で設定した経歴と出身地がカブる同僚がいれば、嘘がバレる可能性が高まるからだ。
「あなたたちの名前を訊いてもいいかしら?」
何か言い足すべきかと悩んだわずかな時間で、フーカから切り出す。
仕方がないので、いったん既存メンバの自己紹介へ移る。
短いが、おのおの名前と役柄を述べていく。
ちなみにチセだけ役柄がついていないが、私の頭の中では『名誉幼稚園児』ということになっていて、いずれはスイと同じ幹部候補生にしたいと打診済みだ。
メンバの自己紹介はスイが最後になる。
「スイです。ヨナさんに選ばれまして、人造艦船(?)の艦長候補(?)というやつをさせていただいています。いまはまだわたし一人しかいないですが。なので、わたしはいずれは艦長さんになりますよ!」
キャイキャイとマウントの中間みたいなテンションで長めの自己紹介をするスイ。
対するフーカの言葉は返事というより独り言だった。
「私はまた2人目か」
「ふたりめ?」
「あたしの名前はフーカ。ヨナが選んだ2人目の、人造艦船の幹部候補生よ。あなたと同じね」
大げさに驚くスイ。
「な、なんですと!」
「つまりライバルってことよ。まあ私は絶対に負けないけれど」
無作法を通り越して不遜なセリフを吐きながら握手の手を差しだすフーカ。
「これからよろしく」
対するスイは、一瞬硬直する。
そして、フーカの右手をぎゅっと両手で握りしめて。
「よ、よ゛かった゛〜!!」
脱力してその場で尻餅をついた。
なぜ涙声。
さすがのフーカもこの反応は想定外だったらしい。
「ちょっと、いきなり何!?」
「だって、だってですよ? ちょっと前まで薪なんか拾って暮らしてた平民の小娘が、いきなり大っきな艦船の艦長候補って言われましても。
わたしがいずれ100人規模の船員を指揮するとか想像つかないですし、なんで選ばれたのかわけわからないし、現実感なさすぎて怖くて」
(あれ、私ったらスイを船長候補に選んだ理由を言ってなかったっけ?)
『択捉の模型を綺麗だって言った、私の同類だから』
うん、説得力がなさすぎる。
信じてもらえなくて当然だった。
「ほとんどお勉強しかしていないのにお給料が出るのがわけわからなくて怖いですし」
スイが勉強嫌いかどうかはわからないが、スイは自分の勉強時間が、いまの段階で雇用主に利益を生んでいないということを、正しく認識しているようだった。
「ともかく、私よりもしっかり艦長できそうなヒトが来てくれてよかったです。お仕事はクビかもしれませんけど物理的にクビが飛ばなければもうそれだけで十分です。艦長の椅子はお譲りしますのでどうぞよろしくおねがいします」
いや艦長を誰にするか決めるのはスイではなくてイリス様と私では、というツッコミはどうでもいいけれど。
「あ」
フーカは大音量で吠えた。
「あんた馬鹿あ!?」
「ひいっ」
「呆っきれた! あのね、あんたは世界で初めて、ひとりめの艦長候補生なのよ! それを誇りにも思わないなんて信じられない。
それに、世界初の人造艦船なのよ! どうせ誰も艦長やったことなくて誰がやったって同じなんだからあたしにやらせろくらいに考えられないわけ!?」
「いやさすがにそれは暴論では」
「無茶は実力で無理やり通せばいいのよ!」
もう無茶苦茶だった。
フーカが目の前で前のめりになって、これ以上ないくらい至近距離でツメられるスイ。
低い声と、ジト目。
「あんた艦長、やりたくないわけ」
「いえ、そういうわけでは」
「どっち!!」
「やりたいです!」
フーカが握った手で、座り込んでいたスイを引き上げる。
「ならよし。あんたは私の先輩で、ライバルよ。このあたしより前に立っているんだから、相応に振る舞ってみせないと許さないから」
「は、はいぃ」
声がしぼんでいた。
スイ、とんでもない重責を背負わされてしまったのでは。