古代戦艦のインタフェース / あなたがここにいる理由
「フーカ、船内に閉じこめてしまってごめんなさいね。まだもう数日は上陸を待ってもらうことになりそうよ」
副長とミッキをつれて船内を移動しながら、フーカと話す。
イリスヨナが帰港したあと、フーカは船内に閉じこめになっている。嘘身分をレインが用意するまで必要なので仕方ない。
「あら、客室は快適よ。血筋からくる煩わしいアレコレが無いから実家より過ごし良いくらい。放浪暮らしでは屋根もない野外の土の上で寝ていたのだし」
物資はともかく、客室は貴人用を割り当ててある。
「古代戦艦で寝泊まりする夢が叶ったわ」
「不快でないなら何より」
私も護衛艦で一泊してみたかった。
もし実現したら、胸が高鳴って寝付けないかもしれない。
幼稚園児がスーパーで寝泊まりしたい夢が叶ったようなものだ。この例えが通じると、フーカは幼児扱いを怒るかもしれないが。
----
フーカに機関室を見せるために、船内下層へ向かっている。
歓迎イニシエーションの意味もあるけれど、古代戦艦に詳しい敵国巫女であるフーカにイリスヨナの機関室を見せてみて、何か気づくことがあれば知りたいというのもある。
機関室へつながる床の下向きハッチの前までたどり着く。
防水扉は固く閉じられていた。
艦内には連絡電話があるが、私と機関長がやりとりするには必要ない。
『機関長、新人のフーカに機関室を見学させたいのだけれど』
「あー、認識しておる。だがその娘はダメだ」
そう答えて、ハッチを開けてくれない。
機関長は姿を見せることなく話していた。
どこから声がしているのだろう。
前回ミッキを連れてきたときとは正反対のつれない返事に、機関長は理由を答えた。
「面倒なので深入りはせんが、その娘は古い血をひいているな?
機関室に入れると、我様の張った結界がまるごと切れてしまう」
結界って。そんなものが機関室に張ってあるのか。
『古い血』というのは敵国の王家筋だから納得はできる。
巫女の家系なのが原因かもしれない。
「フーカ、機関長がこう言っているから。ごめんなさいね」
「別にいいわ。機関室のことで機関長がダメと言っているなら、ダメなのよ」
フーカはいつもなら食って掛かりそうなところだが、意外なことにあっさりと引き下がる。
とはいえ、表情は残念さを隠しきれていなかった。
それも含めて、飲み込んで引いてくれるつもりらしい。
「ありがとう」
「別にって言ってるじゃない」
----
「あんたの正体は『古代戦艦イリスヨナ』なのよね?」
「そうよ」
第一発令所に戻ってから。
正直に答えたのは、別に機関室を見せられなかったからというわけではかった。
いずれは話そうと思っていたことで、隠す理由もない。
フーカの問いかけと答えへの反応は冷静で、答え合わせは予想通り、といった調子。
「古代戦艦に関わるものは、誰でもそのうち古代戦艦に魂が宿っていると思うようになる。
巫女は古代戦艦を操艦するとき、制御システムとして魂を古代戦艦に『降ろす』ことでインタフェースにしてる」
ツクモガミに、ヤオヨロズ。
モノに魂が宿っているというのは、原始宗教的だけれど、ヒトなら誰でも感じる素朴な直感だ。
操艦中に『不機嫌』や『気まぐれ』を起こす古代戦艦は特にそういった人格の存在を想起しやすい。
「放送や食料生産といった、優先度の低い艦内設備まで稼働状態にある船内。
電探に音響兵装、垂直発射管も未整備状態で健在で、旋回式魚雷発射管のような高度な自動化兵装まで生きている。
そして何より、機動から3ヶ月、一度も停止することなく、一週間を戦闘継続してなお不調を知らない稼働時間。
イリスヨナはこれまでのことだけでも古代戦艦として規格外だけれど、意思と人格を持ちヒト型の肉体があるなんて想定外だわ。
ましてや言語での直接対話が可能なんて」
驚いてくれているのはわかるのだが、続くであろう質問の言葉を私は先んじて制する。
「でも残念なことに、肝心のイリスヨナ自身は、自分がどんな物質で出来ているかすらご存じないのよ」
古代戦艦の製造法がわかっていれば、護衛艦や大日本帝国海軍艦の外観から、ミッキに設計を逆算してもらう必要はないのだけれど。
「それで、あたしには古代戦艦の知識を期待していると?」
「うーん、正直あんまり」
フーカの細まった目に低い声に、私はさっぱりと答える。
「だって艦船はミッキがちゃんと作るし。
古代戦艦は確かに強いけれど、いかにも量産に向かなそうな複雑高度なオーバーテクノロジィのカタマリでしょう?
私たちの構想している艦隊を速成濫造するには向かないのよ」
「じゃあなんであたしを拾ったわけ?」
「船、好きなんでしょ? 同好の士としていろいろ語りたかったので」
「っ、あんた馬鹿ぁ!!」
「いや半分は冗談なのよ!?」
「半分は本気なんかい!」
フーカのテンションが乱高下。
「身元も消し去ってなんでも使える巫女が手に入ったんだから、人体実験の10や20は考えなさいよ!」
「えっ」
それきり固まってしまった私に、発令所で休みをとっていた掌砲長がツッコむ。
「いや本当に何も考えてなかったんですかヨナさん」
----
「いやね、この世界ってもう艦隊がほとんど残ってないんでしょ?
戦うとしても古代戦艦による単艦のスペック頼りで、古代戦艦は動作不安定で高度な連携はユメのまたユメ。
艦隊戦の知見はすでに100年も向こうの過去になってる」
「そのとおりね」
「私が欲しいのは、ヒトの上に立って艦隊戦が指揮できる本物の艦長。世界初の艦隊を運用できる幹部人員と、それを指揮できる指揮官なの」
どうかしら、と問うと、フーカは不敵に答える。
「確かに、あたし以上の適任はいないわ」
王族として高度な教育を受けており、頭がキレて行動力もある。
古代戦艦に興味があったことから、艦船知識も申し分ない。
「あたしが言うこと聞かない可能性は?」
「ふつうはみんな、そういう心配をするみたいだけれどね。
私にとっては、言うこと聞いてくれないほうがいいのよ」
盲目に上位存在に従った結果が良いものだったとは、私は思っていないから。
「無線通信が完備されているわけでもなし、自分の頭で考えられないようだと船を預けられないもの。
それに、別に軍隊を作ろうってわけじゃないから」
「古代戦艦に比する戦闘力のある艦船を大量生産するんでしょ? それ、説得力あると思ってる?」
『戦力はあっても軍隊じゃないです』
私の元いた世界ではおおむね通っていた理屈なのだけれど。
多分。
私はハイともイイエとも答えず、曖昧なよくわからない仕草をしてみせた。
「馬鹿」
フーカは誤魔化されてはくれない。