VS潜水艦9 / 海上のイリスヨナ
「敵潜水艦が動いたわね」
第一発令所のVUHDにもリアルタイムで反映しているが、私とフーカが向かい合って座っているのは発令所の端、壁から生えた海図台の横だった。
海図台が置いてあるのは、航路策定のために航海士が使う一画で、いつもは副長か他の妖精船員が使う。
ただ、最近はイリスヨナがヨナによる自動航行で済ませることが多い。
海図もVUHDのリアルタイム表示のほうが更新が早いため、もっぱらそちらを見るのが主になっている。
しかし今は海図台をフーカが専有しており、海図の更新もフーカがVUHDを引き写してやっている。
海図の上には、イリスヨナと敵潜水艦2隻をしめす駒。
オブジェのような簡単なものだが、ミッキが金属板を加工して作ってくれた。
フーカが駒を動かしながら話す。
「敵潜水艦コレッジオBから反転して離脱。コレッジオAがこれを援護。想定どおりの撤退行動だわ」
事前に話し合った敵艦の予測行動のうちの1つだ。
敵は、作戦目標と思われる『戦略兵器である魔槍の輸送阻止』にはすでに失敗している。
イリスヨナにより海域に1週間も釘付けにされて、相手は巫女も作戦行動もすでに限界。
ここで突撃をえらぶ判断ミスをしなければ、相手は撤退し、お互いに無血で戦闘を終了できる。
なんだか私が敵潜水艦の頭をおさえて圧倒的優位のうえからあえて苦痛をあたえているようで、私としても思うところはないでもない。
でもここは戦場で、しかも2隻の潜水艦に対して彼女たちの包囲の中にあり、イリスヨナができるだけ穏便にことを済ませる方法を他に思いつかなかった。
別に敵艦になさけをかけたわけではないし、フーカの心情をおもんばかった判断でもない。
冷静な判断として、可能な状況では撃破を避けることで『敵対するつもりはない』アピールをしたほうが良いと考えただけだ。
私たちは戦艦を作るつもりだが、戦争がしたいわけではないのだから。
私とフーカは、イリスヨナの油断を狙った不意打ちを警戒して、想定パターンを確認する。
その間にも、コレッジオ両艦は守備を交代しつつ、戦闘海域からの離脱していく。
3時間かけて、敵艦の撤収がほぼ終了した。
「まだ終わったわけではないけれど、でもどう? 初戦闘の感想は」
味方陣営を飛び出して、裏切りのような初陣。
それで得た経験には、血の沸騰するような海戦も、華々しい勝利もなく。
「あなたとしては、後味が良いとは言えないかもしれないけれど。あるいは、味気ないかしら」
挑発するような物言いになってしまうかもしれないが、訊いておかなければならない。
尻すぼみのような終了を迎えて。
何かしら精神的なフォローが必要だろうか。必要だとして、何をどう言えばいいのか。
フーカは、俯くような首の角度で、下を見て、海図台の上に広げた自分の右手を見ながら。
「初戦闘で、ちゃんと生き残ったのよね、あたし」
私に問いかけるのではない、つぶやきのような言葉だった。
それから顔を上げて。
「あたし、またこの船に乗れる?」
「ええ。あなたには、まだこれから、いろいろ学んでもらいたいもの」
「―っ!」
右手を握りしめて、無言のまま喜色を浮かべるフーカ。
無邪気なものではなくて、どこか凶暴な獣のような。
フーカが、自分を追い出した家族への復讐を望んでいるようであれば、仲間として迎えるのは危ういと思う。
でも表情とは別に、口から出たのは『また乗れる』という言葉で。
私の身勝手な願望かもしれないけれど、私はその言葉を信じることにした。
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こうしてフーカの初陣、ヨナにとって初めての複数艦との戦闘は、ぱっとしないまま、犠牲者なく尻すぼみになって終了した。




