腐乱フラン 6
村の者達が首無し死体を片付けている。手分けして穴を掘って埋めていく。ほとんど全ての死者を轟天が片付けてしまったので、その数も結構なものになっている。
「あ、ありがとうございます……!」
ポポ君が俺達に頭を下げる。あの後、集落の人に終わったことを伝えて死体の片づけが始まった。その時にくたばった鴉頭を見つけた集落の者が騒ぎ出した。この集落の者達は鴉頭達を恨んでいるようだ。無理もない。あいつらのおかげで食料やら何やらを奪われ、危うく集落皆死者になってしまうところだったのだから。
「いや、そもそもは俺が巻き込んでしまった面もある。気にしないでくれ」
シャベルで穴を掘りながら答える。俺と轟天も死体の埋葬を手伝っている。あの死闘の後ということもあり轟天には休めと言ったのだが、俺にだけ作業させるわけにはいかないとのことであいつも穴を掘っている。
「いえ、あなた方はこの集落の恩人です。そして父の仇も取ってくださいました。なんとお礼を申したらいいのか……」
「礼は轟天に言ってあげてくれ。死者共をほとんど殺したのは轟天だし、あの厄介な鴉頭を倒したのも轟天なんだ」
「そ、そうなのですか?」
「ああそうだ。俺は何もしちゃいないさ」
少し離れた所で穴を掘る轟天を見る。彼女がシャベルを振うと、死体を一つ埋葬できる程の大きさの穴が一瞬で出現する。それを見た集落の者達が歓声を上げている。流石だ。塹壕を掘る才能があるぞ。何より穴を掘っている姿も可愛いぞ。
「轟天さんは能力持ちなのですか?」
ポポ君の疑問にはっとする。そういえばあの鴉頭も能力がどうのこうのと言っていた。
「ああ、どうやらそのようだ。詳しくは俺も分からんが。その能力持ちとは一体何なんだ?」
「能力持ちとは新人類の中にたまに現れる、特殊な力を持っている者のことです」
「特殊な力?」
「はい、個人によってどんな内容の力なのかはばらばらです。ただ、共通して言えるのは、能力持ちはとても強い」
確かに鴉頭は相当な強さだった。その鴉頭だが、轟天が身体能力を制限する類の能力と言っていた。
「他人の身体に制限をかけるような能力もあるのか?」
「そうですね、あると思います。聞いた話だと、体の一部を消してしまう能力や、相手を操る能力なんかも存在するようです」
なんと、そんな馬鹿げたことができる能力もあるのか。戦った鴉頭がそういった能力じゃなくてよかった。
「この集落には能力持ちはいないのか?」
「はい、一人もいません。そもそもこの集落は能力を持たない、所謂持たざる者が集まって作ったものなのです」
「何故そのようなことを?」
「この世界では、能力の有無が一番大事なのです。能力持ちというだけで、鴉の中で地位が約束される。逆に能力を持たない所謂持たざる者は下っ端としてこき使われるか、我々の様に鴉から離れ身を寄せ合って生きているのです」
成程、あの鴉頭ほど強ければ組織の中で重用されるのも納得だ。
「他にもこの世界について教えてくれないか? 俺達は情報が無くて困っているんだ。」
「もちろん、お安い御用です。軍曹さんは別の世界からいらっしゃったんですよね。私で良ければ知る限りをお話します」
ポポ君はいい奴だ。
それから穴を掘りながら、彼に色々なことを教えてもらった。
この世界には人間と新人類の二種類の知的生命体が存在し、両者は敵対関係にあるということ。新人類は鴉という組織が牛耳っており、人間は同盟という組織が支配しているということ。新人類の中には、能力持ちと呼ばれる特殊な力をもつ者が生まれることがあるということ。そして、この世界は徐々に滅び行く世界であるということだ。
滅び行く世界。ポポ君曰く、この世界はひどく不安定らしい。各地で災害が発生し、伝染病が蔓延した。凶作が続き、雨がなかなか降らないかと思えば、大雨で洪水が起こることもあった。数多くの村や町が滅んでいった。この100年ほどで、人間も新人類も等しく数を減らしていったとのことだ。
なんとも奇怪な世界に来てしまった。
俺は頭を抱えながら思考する。俺たちがこの世界に来た理由。それは恐らく、轟天のつぶやいたあの言い回し。
『彼の世界を喰らえ』
何かに、俺はそう言われたのだ。一体何者が、どういう意味でそう言ったのかは分からない。しかし、それこそが俺達が地球からこの世界へと飛ばされたきっかけだと思った。
***
装飾の凝られた部屋で巨大な鴉の嘴を模した仮面を被った者が一人、壁にかけられた大きな絵を眺めている。体つきから、どうやら男のようだ。その男の見ている絵には、一人の女性が描かれている。とても美しい女性だ。その顔は優しく微笑んでいるが、どこかミステリアスな雰囲気が漂う。なんとも不思議な絵である。
部屋のドアがノックされる。
「入れ」
鴉面の男が言う。するとドアが開き、ノックをした者が入ってくる。
入室したのは二人、いずれも鴉のような面を被っている。だが、男の鴉面とは異なる異様な鴉面だ。
片方は背が低く、男が被っているような真っ黒な鴉面を被っているが、その仮面はボロボロになっておりいたるところに大小の穴が空いている。その崩壊寸前の鴉面をつけてフードを被っている。
もう片方は猫背で背が高く、小さな嘴が全体から何本も生えた気色の悪い真っ白な仮面を被っている。顔のみを覆うタイプの仮面で、長い金髪を後頭部で上向きに留めている。
「呼ばれましたぁ」
背の高い白仮面の方が喋る。仮面の見た目からは想像もつかないようなおっとりとした喋り方で、声色から女性のようだ。美しい髪と不気味な仮面とが対比的になっている。
「ヨタカが殺られた」
絵を眺めたまま、鴉面の男が言う。それを聞いて、白仮面が驚きの声をあげる。
「ええっ、ヨタカ君がですかぁ? 本当に?」
「本当だ。幹部のあいつが殺られた以上、異邦人も能力持ちだということはほぼ確定だろう」
鴉面の男が振り返る。
「お前たちに任せたい。クイナ、カケス」
クイナとカケス。この二人の名前だろう。男の命令に対し、白い異様な仮面を被った背の高い女、クイナが答える。
「了解ですぅ」
「同盟も接触を図るだろう。あのくそ忌々しい人間共に先を越されると厄介だ」
男の声色が険しくなる。それを聞いてもクイナの口調はおっとりしたままだ。
「分かってますよぉ。人間達に懐柔されて向こうに加わりでもしたら、面倒です。ね、カケスちゃん」
「……」
カケスと呼ばれた方、黒いボロボロの鴉面を被った背の低い方は無言のまま首を縦に少しだけ振って答える。
「相変わらずお前はしゃべらんな、カケス。それにそのマスクは新しいのに変えんのか」
少し呆れたように男が言う。
「カケスちゃんは怖がり屋さんなんですぅ。ボスの顔が怖いからしゃべりたくないんですよぉきっと」
「マスクで俺の顔は分からんだろうがっ」
けらけらと仮面の下でクイナが笑う。
「ともかくだ。人間共より先に異邦人を見つけ出し、殺せ!」
「わかりましたぁ」
クイナが返事をし、カケスも軽く男に会釈をして二人は出て行った。
再び一人になった男は絵の方に振り返る。後ろに両手を組み、絵を見上げながらつぶやく。
「とうとう外から現れましたよ、貴方と同じように……母よ」
絵の女には獣の耳と尻尾が描かれていた。