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獣の太陽  作者: garashi
8/20

腐乱フラン 5

 目の前の光景に衝撃を受ける。あの轟天が敵の攻撃を受けた。攻撃を避けざまに、鴉頭がその肘を轟天の頭にぶちかましたのだ。


「がっ……!」


 突撃の勢いが消えず、そのまま轟天は地面を削りながら転がる。


「ご、轟天!! 無事か!?」


 轟天の方に駆け寄る。その時、


「お前は何やってんのさぁ」


 鴉頭が俺の前に立ちはだかる。


「てめぇ……」


 轟天の元に行かせないつもりか? どのみち俺の愛しい相棒をぶっ飛ばしたんだ。こいつは絶対に許さん。


「しっ!」


 握った銃剣で鴉頭に刺突をかます。だが、


「ごはっ!」


 避けられたと思った瞬間、顔面をぶん殴られる。……いつの間に反撃してきやがった?


「弱いねぇ!」


「……ぐ」


 顔面をぶん殴られたかと思えば、すぐさま胸の部分に衝撃と激痛が走る。野郎、クナイを俺の胸にぶち込みやがった。あまりの痛みに膝をつきそうになる。

 だが、この程度の痛みなんぞいくらでも体験してきている。苦痛を押し殺し、両足を踏ん張る。


「野郎ぉ!!」


 銃剣を握る手に力を込め、反撃を鴉頭に向けて打ち込んだ。


「おおっとぉ!」


 すんでのところで避けられ距離を取られる。


「ちっ」


 あと少しでぶっ刺せるところだったのだが。次は逃がさん。


「訂正するぜぇ、ちょっとだけ強いよ、お前」


「そりゃあどうも」


「だから嬲って殺してやるよ」


 鴉頭が視界から消える。まずい、死角から攻撃される。避けなければ。だが、何処に?


「死ねやぁ!!」 


「させません!」


 轟天が俺と鴉頭の間に飛び込み、奴の握っているクナイを白刃取りの要領で防ぐ。野郎、背後からどついてくるつもりだったのか。轟天が鴉頭に蹴りを放つ。しかし、相手は素早く後ろに下がるとそのまま距離を取る。


「轟天! 無事か!?」


「はい! 問題ありません! 軍曹こそお怪我は!? 大丈夫ですか!?」


 胸を触る。骨のおかげでそこまで深い傷ではないようだ。


「ああ、大丈夫だ。今は目の前の敵に集中だ」


「はい……」 


 轟天が下唇を噛んで苦い表情をするも、すぐに鴉頭の方を睨む。奴は俺達から離れた所で悠然と構えている。あのヘルメットの下でニヤニヤ笑ってやがるんだろう。腹立たしい奴だ。


「轟天、さっき何があった」


 先ほど、凄まじい踏み込みで奴に接近した際、奴は轟天に何かしたはずだ。


「それが……よくわからないのです」


「わからない?」


「はい、さきほどあの者に打ち込もうと一気に距離を詰めた際に、いきなり体中の力が抜けたのです。まるで、筋肉が弛緩したような麻痺したような……」


「筋肉の弛緩に、麻痺だと?」


 轟天の発言で、毒ガスの類を疑う。


「今もその症状は持続しているのか」


「いえ、今は何ともありません。あの時だけです」


 一時的な筋肉の弛緩や麻痺などという症状は聞いたことが無い。もしかしたら奴のヘルメットが防護マスクの役割を担っているかもしれんが、近くにいた俺にはなんの症状も出ていない。ガスではない別の形態の化学兵器なのか。


「……奴は妙な薬物を使用しているのかもしれん。轟天、嗅覚で何か分からないか?」


「いえ、薬品の様な臭いはあの者から嗅ぎ取ることはできません」


 轟天の鼻をもってしても察知できんということは、化学兵器の類ではないということか? 考えていても情報が少なすぎる。ともかく警戒するしかないだろう。


「とにかく化学兵器を警戒しつつ奴を仕留めるぞ」


「はっ」


「作戦会議は終わったかい?」


 鴉頭が余裕をぶっこきながら聞いてくる。野郎……絶対はっ倒してやる。


「何だ、待っててくれたのか。意外と優しいじゃねぇか」


「あははっ、俺ほど優しい奴なんかそうそういないぜぇ」


 ふざけた野郎だ。だがその実力は本物だ。逃がして後々に再び狙われるのも面倒なので是非ともここで殺しておきたい。


「ったくよぉ、せっかく面白いやつらだって思ったのによ。能力持ちでないなんて俺ぁがっかりちゃんだぜ」


「能力持ち?」


 そういえば長の婆さんもそんなことを言っていた。能力持ち。もしかしたら轟天の言っていた症状に関係しているかもしれない。なんとか情報を抜き出せないだろうか。


「お前は能力持ちなのか?」


「んあぁ? あったり前だろぉ」


「どんな能力なんだ?」


「おいおいおいおぃおっめーよぉ、教えるわけないだろぉ」


「何故俺たちが能力持ちじゃないと? 早とちりかもしれんぞ」


「あっはは、殺されそうになっても使わねぇ能力なんて、あってもまともに使えるもんじゃあないだろぉ。そんなんは能力持ちとは言わねぇんだよ」


 ちっ、こういう駆け引きみたいなのは苦手だ。能力持ちについて婆さん達に詳しく聞いておくべきだったか。


「貴方がその能力持ちとやらで、我々がそうでないとしても、関係ありません。貴方はここで死ぬのですから」


 轟天が数歩前に出ながら格好いい台詞を言い放つ。……今度俺も使おう。言う機会無いかもしれないけど。


「はぁぁぁん? 面白ぇ冗談を吠える脳みそはあるみたいじゃん? おぉ?」


「冗談だと思うならかかってきなさい」


 轟天が掌を上にして手招きをする。挑発する姿も可愛いぞ。だが、お相手はそうは思わなかったようだ。殺気を振りまいてご立腹な様子である。


「おうおうおうおぅ! 言ってくれるねぇ! いいぜぇ! 殺してやるよ!!」


 そう叫ぶと轟天に向かって走り出す。次の瞬間、


「ぐぅっ……!」


 轟天が膝をつく。表情は苦しそうだ。野郎、また妙なことを……!


「轟天!」


 轟天を守るために奴との間に入って迎え撃とうと、俺も走り出す。しかし、轟天が俺を制する。


「近寄ってはいけません!」


「だが、轟天!」


「轟天を、信じてください!」


「……!」


 次の瞬間、鴉頭が轟天の首に向かってクナイを振り下ろす。


「ヒャアァ!!!」


「轟天!!!」


 肉を穿つような音が響いた。かつて戦場で、手榴弾や砲撃で隣にいた戦友が吹き飛ばされたときを思い出す。





「ヒヒヒ、ひ、ひぷっ……ぺ?」


 鴉頭の胸に、轟天の腕と鴉頭の右腕がねじ込まれている。背中からは奴の右手と、その手首をつかんでいる轟天の手が飛び出ている。奴の右手は5本全ての指がぐちゃぐちゃに折れており、そんなものが背中から生えている鴉頭はなんとも奇怪な一種の芸術作品の様だ。

 轟天は攻撃してきた鴉頭の腕を掴み、そのまま奴の胸に一発ぶちかましたのだ。

 鴉頭はきょとんとした様子であったが、すぐに痛みに呻き出す。


「あ、あぁ、ひ、ひ、ひぃ」


 そしてげほげほせき込んだかと思うと、ヘルメットの隙間から血がぼたぼたと滴り落ちた。轟天が腕を引き抜くと、鴉頭は血しぶきをほとばしらせながら地面に倒れ込んだ。


「ひ、げぼ、ひぃぃ、ど、どうじで」


 そんな様子を見降ろしたまま、僅かに髪の毛を逆立てた轟天が淡々と口を開く。


「貴方の能力、それは相手の肉体を一時的に弱める類のものではないですか?」


 仮面に隠れて、鴉頭の表情は分からない。


「先ほどは轟天の全身の筋力を弱めたようでしたが、轟天はそれ以上に自分の身体能力を向上させたのです」


 轟天は横たわる鴉頭に背を向ける。


「轟天の能力は、おそらく自身の身体能力を向上させるものです。それだけですが、貴方からかけられた制限を振り払うのには十分でした。もし、貴方の能力が当初の予想通り筋肉の弛緩や麻痺といったものだったら、轟天の能力ではどう足掻いても貴方の攻撃を捌けず殺されていたかもしれません。……もう、聞こえてはいませんか」


 既に鴉頭の呻き声は止まっている。どうやら、事切れているようだ。


「……礼を言います。貴方との闘いで、轟天は自分が能力持ちだと自覚できた。ありがとうございます」


 軽く遺体を一瞥すると、轟天はこちらに向かって歩き出す。顔は少々俯いており、元気が無さそうだ。耳も尻尾もぺたりと垂れている。

 俺の脳裏にかつての轟天の姿が浮かび上がる。いたずらをして俺に説教を受けた後の轟天は、今みたいに顔を俯けてしょぼしょぼと俺の後ろをついて歩いていた。まるで許しを請うかのように。


「轟天……」


 轟天は俺の前まで来るも、両手を前に組んだまま俯いて何も言わない。そんな轟天を、俺は優しく抱きしめる。


「よく頑張ったな。おかげで助かったよ。ありがとう」


「軍曹……」


 轟天が声をあげる。少し声が震えている。


「ごめんなさい、軍曹……轟天は、使()()を果たせなくなるところでした」


「使命?」


 返り血で染まっている轟天の顔を見ると、その目にうっすらと涙が浮かんでいる。


「軍曹を、何度も危険な目に合わせてしまいました。お怪我は、ありませんか……? 先ほど、攻撃されて、おりました……」


 轟天が微かに震える両手で俺の頬を包む。そして、手を離すと次に俺の胸のあたりを両手で触れる。


「ここと、ここ。痛くは、ありませんでしたか……? その前にも、ぞんびに噛まれそうになっておりました……軍曹は、必ず守ると誓ったのに……!」


 俺から手を放すと、轟天は再び俯いてしまう。


「あの時、軍曹が殴られるのを見て、かつての自分が見た光景を思い出しました。自分の力不足故に、目の前の大事な人を守れない……轟天は、まだまだ、弱いのですね……」


 ……さて、どこから話したものか。この目の前の馬鹿野郎に。


「そうだな、轟天、お前には少し説教が必要だ」


 俺の言葉に、かすかに轟天の肩が震える。おぞましい死者の群れにも、あの強かった鴉頭にも、全く臆することなく勇敢に立ち向かった轟天が俺の一言に怯えている。

 本当にこいつは、少しも変わっていない。

 他の軍犬が砲弾の着弾音や炸裂音に怯えて動けなくなる中、こいつだけは戦場を俺達と共に駆け巡った。草木の生い茂る中、どこで敵兵が待ち伏せしているか分からず身動きが取れない俺達に代わって、こいつは敵の隠れる茂みを探し出し吠えたてた。誰よりも勇敢な兵士だった。そんな轟天だが、俺に怒られるときは一匹の、何処にでもいるような犬と変わりなくなるのだ。


「お前は弱くなんかない」


 轟天の両肩に手をかけて、そう言ってやる。


「お前が犬だった頃もだ。どの軍犬よりもお前は優秀だった」


「軍曹……」


 不安そうな表情で轟天は顔を上げる。


「それにな、お前と俺は相棒同士なんだ。であれば、共に戦うものだろう? 危険だからといって、お前にばかり苦労を掛けるなんてあり得ん」


 軍犬は対となる兵士と共に任に当たる。お互いを信頼し助け合うことでその真価を発揮する。この世界で生き抜くためには、轟天と助け合い戦い抜かなければいけない。強敵との戦闘をこいつにだけ任せるわけにはいかんのだ。


「お前は強い。俺よりも遥かにだ。普通に戦う分には、俺はむしろ足手まといになるかもしれん。だが、この世界には、あの鴉頭の様に妙な策を弄する敵がいる可能性もある。そういった敵を相手にするなら、二人で立ち向かった方が突破口も開きやすくなるとは思わんか?」


 轟天の頭の手を置く。そして、優しく頭を撫でてやる。


「口下手ですまんが……とにかく、俺が言いたいことはだな」


 一呼吸置いて、はっきりと口に出す。


「これからも共に戦おう。昨日もそう言ったぜ? お前が俺を守ってくれるなら、俺もお前を守る」


 轟天の頬を一筋の光が伝う。


「……一緒に戦うとしても、先ほどの様な強敵相手では、軍曹の身にも危険が降りかかります。もちろん、軍曹は命に代えてもお守りします。絶対に、お守りします。ですが、危険なことには変わりありません」


「そんなことは百も承知だ。俺は軍人だ。戦ってなんぼさ。それに、俺は丈夫なんだよ。知ってたか? あの時の傷もすぐに癒えたんだぜ? そんな簡単にくたばりはしないさ」


 俺の胸に轟天が顔を預けてくる。そして、その両手を俺の胴に回して抱き着いてくる。


「前の世界で轟天は、軍曹と居られるだけでとても嬉しかったのです。けれど、それだけじゃなく、一緒に戦えたことが本当に幸せでした」


 ゆっくりと轟天は言葉を紡ぐ。俺に抱き着く腕にぎゅっと、しかし優しく力が込められる。


「この姿に生まれ変わっても、その想いは変わらなかった……。轟天にはまだ未熟なところがあり、一緒に戦ってくれる軍曹にご迷惑をお掛けすることも、きっとあると思います。ですが、轟天はもっともっと強くなります」


 轟天が顔を上げる。その表情に先ほどの不安はまったく見られない。


「一緒に戦いましょう、軍曹」


 はっきりと、轟天が口に出す。


「おうよ! お前と俺が組めば誰にも負けん!」


「はいっ!」


 そう元気よく返事をすると、轟天は俺の胸に顔を押し付けてすーはーし出す。


「血が止まっていますね。素晴らしい回復力です! 流石軍曹であります!」


 笑顔で俺を見上げる。こいつに隠し事をするのは難しそうだ。

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