腐乱フラン 4
「はあぁ!」
轟天が先頭の一体に飛び掛かったかと思うと、手前で体を回転させて後ろ回し蹴りをぶちかます。胴体の真ん中が吹き飛び真っ黒い臓物のようなものが巻き散らされる。が、そいつは怯む様子無く轟天に噛みつこうとする。体が腐敗しているからか、轟天の強烈な打撃が当たった部分のみ吹き飛んでいる。
「やはり頭部に当てないと効果は薄いようです!」
噛みつきを避けつつ拳を頭に叩き込む。ぱんっという音と共に頭部が吹き飛んだかと思えば、そのまま地面に倒れてびくんびくんと痙攣して動かなくなった。相変わらず凄い力だと感心していると、
「く、臭い……!」
轟天は鼻を押さえて涙目になって顔を顰めている。あいつ軍犬として訓練受けてるからなぁ。鼻が利く分この腐敗臭はきついんだろう。
「うおぉ!」
一体があーうーと呻きながら俺に噛みつこうと両手をあげて襲い掛かってくる。慌てて避けながら銃剣で頭を突く。
「危ねぇな!」
しかし、頭を突き刺さしたくらいでは殺しきることはできず、呻きながら再び俺に向かってくる。やはり頭部を完全に潰すのはなかなか骨だ。であれば……。
掴みかかりを横に避けつつ、相手の足を蹴る。呻きながら膝をついた相手のうなじに向けて、銃剣の刃の付いている部分を振る。だんっという小気味良い音と共に首の後ろ側が切断される。重さを支えられずに頭が前にぐるんと回転し切断面が露出する。腐敗し黒ずんだ切断面の中に少し窪んだ部分があり、そこには灰色のごつごつとした骨が見える。すると、死体は前に倒れ込み動かなくなった。
思った通りだ。頸椎を断ち切られるとこいつらは完全に死ぬらしい。これなら無理に頭部を攻撃しなくても、足払い等で奴らを俯けに倒してからうなじに武器を叩きつけて頸椎を砕けばよい。轟天にもそうするよう指示を出そうと彼女の方を振り返ると、
「うらぁ!!」
ばったばったと轟天の周りの死者共が倒れていく。轟天が連中の頭に拳や蹴りを次々とぶちかまして頭を吹き飛ばしているのだ。吹き飛ばされた頭部が霧散していることが、轟天の剛力の凄まじさを物語っている。
「……すっげ」
あまりあいつを心配する必要は無いかもしれん。それよりも自分が噛まれないように気を付けなければ。
その時、背後の木の陰から一体の死者が飛び出てきた。一瞬反応が遅れてしまい、組み付かれる。俺に噛みつこうと呻きながら、腐敗して両の眼窩が窪んだ顔を近づけてくる。
「ぐ、おおお! この野郎!」
何とか顎を押さえて噛みつかれないようにする、が、なんだこの馬鹿力は……! 腐った筋肉のどこからこんな力が出ているんだ。
「軍曹!」
轟天が叫びながらこちらへ駆ける。
「てめぇ……口が、臭ぇんだよ! この腐れウスノロがっ!」
そう叫んでそいつを背負うように持ち上げ、地面に向けて思い切り頭から叩きつける。鈍い音と共にそいつの首があらぬ方向へ曲がり、そのまま沈黙した。
「軍曹、お怪我は!?」
轟天が俺に駆け寄ると心配そうな表情でのぞき込んでくる。
「ああ、大丈夫だ。まだ噛まれてねぇよ」
「よかった……」
轟天がほっとした様子で胸を撫で下ろす。
「それにしても、流石は軍曹です! 今の背負い落としはお見事でした!」
「そ、そう?」
「はいっ! 轟天も見習わねばなりません!」
「でも君めっちゃ強いよね」
「もっともっと強くなるためにです!」
「そ、そうか。殊勝な心掛け感心である」
今以上に強くなったら一体どうなってしまうのだろうか。
それからは順調に進んだ。轟天が噛まれないかという懸念は杞憂だった。彼女の速さに死者共は全くついていくことができずに、次々と頭を文字通り散らしていった。轟天は臭そうにしていたが。
松明を持って走り回っていたこの集落の自警団には、俺と轟天が死者を処理している間に他の村人の安全確保と松明を設置し、それが済んだら屋内に待機するようお願いした。正直俺と轟天だけの方が動きやすい。
何時間かが経過した。とにかく、連中は数が多かった。この集落に埋葬されている死体が全部出てきたのではと思うほどだった。だがそれも限りがあるもので、そろそろ夜が明けるという頃合いになると連中の数も随分と減り、代わりにおびただしい数の首無し死体が地面に転がっていた。俺も轟天も返り血で酷く汚れてしまった。臭いには慣れたが、早く風呂に入りたい。
「はあっ!」
最後の一体の頭に轟天の蹴りが叩き込まれる。昨日からの連戦と移動もあってか、少々疲労の色が轟天に見られる。その証拠に、蹴られた頭部が細かく飛び散らず、形を保ったまま飛んでいった。そして地面に落ちるとゴロゴロと転がり、何かにぶつかって止まった。
「……こんな時にお出ましか」
俺はふぅっと息を吐いた。何者かがこちらを伺っている。全身黒い服装をしており明らかに腐った死体ではない。なにより、見覚えのある鴉のヘルメットを被っている。昨日の連中が被っていたものよりも少し意匠が異なるように見える。そいつは自身の足にぶつかって止まった首を拾い上げると、
「仏さんは大事に扱わないと罰が当たるぜぇ?」
へらへらとした様子でそう言い首の顔をこちらに向けて自身の顔の横まで持ち上げた。
「俺たちに何か用か」
一応聞いてみる。確実にこいつとは殺し合いになるだろう。殺す前に何かしら情報を引き出せるかもしれん。
すると、鴉頭はくっくと笑ったかと思えばこちらを挑発するような声色で答える。
「そうなんだよぉ。お前らに用事があってこんな田舎くんだりまで出向いたんだぜ?」
そして首を持ったままこちらに向けて歩き出そうとする。
「止まってください。それ以上近づいたら貴方を殺します」
轟天が鴉頭を睨みながら俺の前に立ち、殺気を放って奴を威嚇する。そんな轟天を見て鴉頭は歩みを止めるも、再び笑いながらこちらを挑発する。
「おお怖い怖い。駄犬にはちゃんと首輪をしておけよぉ。にしても何て格好だよ、汚ねぇ犬だなぁ」
「……ああ?」
聞き捨てならない。こいつは今、俺の相棒を侮蔑した。
「もう一度言ってみろ」
「ははっ、飼い主も随分好戦的だなぁ。っていうかよぉ、なんでおめぇはその人間の味方してんのさ。裏切り者かぁ?」
「轟天は元から軍曹の味方です」
「ははん、昨日の愚図共が全滅したのはおめぇもいたからだな。よりによって人間の異邦人なんかに飼いならされやがってよぉ。新人類の恥だ、一緒に殺してやる」
そう言って、鴉頭は一歩踏み出した。
その瞬間、轟天が地面を蹴って鴉頭に飛び掛かった。あっという間に肉薄し、振り下ろした腕がまるでしなやかな鞭の様に唸り、鴉頭を肉塊に変えんとした刹那、
「だからぁ、動きが単調なんだって」
鴉頭がそう言うや否や、手に持っている首を轟天に向かって投げつけた。轟天はまったく怯まずに飛んできた首を手で弾いた。
「!?」
轟天が目を見開く。一瞬で鴉頭がその場から消えたのだ。
「上だ轟天!!」
「ヒャア!!!」
頭上に飛び上がっていた鴉頭が、耳障りな雄叫びをあげながら轟天に襲い掛かる。
「……!」
組まれた両手が凄まじい勢いで振り下ろされる。対して轟天は両腕を交差させそれを受ける。鉄同士が激しくぶつかるような音と共に、轟天の両足が少しだけ地面に沈む。
「やるねぇ!!」
鴉頭が叫びながら空中で体制を変え、何かを轟天に投擲した。轟天がそれを手でいなしている間に、鴉頭は地面に着地し距離を取った。轟天は何も言わずに相手を睨む。ワンテンポ遅れ、近くの地面にクナイに似た形状の小さな刃物が音を立てて落ちた。鴉頭が投擲したものだろう。
「……なんて野郎だ」
今の一瞬のやり取りを見て、思わず俺はそう呟いてしまう。あの鴉頭、小物臭い感じだったが、強い。信じられん身体能力だ。俺も加勢して二対一で戦おうと思ったのだが、これでは俺が介入しても轟天の足を引っ張るだけだろう。
「くそっ……」
俺はここで拳を握ったまま轟天の戦いを見守るしかないのか?
「勢いだけの馬鹿犬かと思ってたけどぉ、結構冷静じゃん」
鴉頭が轟天を挑発する。それに対し轟天は真顔で返す。
「先ほどのやりとりで轟天を殺せなかった貴方の負けです」
「ほぉー? ほおぉー!? 言うねぇ!! おら来いよ!!」
鴉頭が轟天に向かって叫ぶ。同時に再び轟天が地面を蹴って鴉頭に接近する。先程よりも速い。だが、鴉頭は避けようとしない。
「だぁかぁらぁ……所詮は持たざる糞犬なんだよおめぇは」
鴉頭がそう口にした瞬間、
「!?」
突撃の最中、轟天が驚愕の表情を浮かべる。嫌な予感が俺の全身を駆け巡る。まずい、あの鴉頭、何かしやがった。
「轟天!!」
俺が叫ぶと同時に轟天が鴉頭に攻撃を仕掛ける。次の瞬間、鈍い音と共に轟天が地面に叩きつけられた。