Soldier meets dog girl 2
「ぐぇ」
情けない声を出してすっころんでしまう。それでもなお、少女は俺に抱き着いたままだ。それどころか嬉しそうに、
「軍曹! 軍曹!」
と喚いている。確かに俺の階級は軍曹だが……。
さっきは思わず轟天と呼んでしまった。というのも、俺を軍曹と呼ぶこの少女の目は轟天の目にそっくりなのだ。
頭の中が混乱しているが、少女に話しかける。
「轟天なのか……?」
するとその少女は俺に抱き着いたまま、ぴくっと耳を動かして顔を上げる。耳? そう耳だ。その少女の頭には犬の耳が対になるように生えている。そして腰には尻尾の様なものもぶら下げているではないか。その耳と尻尾は、轟天のそれと瓜二つだ。
「軍曹……そうです……轟天であります……」
少女は俺の目を真っ直ぐ見ながら、自ら轟天と名乗った。
「轟天、お前、女だったのか……」
脳が状況について行けず、とっさに出た疑問がそれだった。他にもっと突っ込むべきところがあるだろうに。
「はい……轟天はメスであります……や、やっと、やっと会えたであります……」
うるうるした瞳で轟天を名乗る少女が答える。その時、彼女がぴくっと反応したかと思うと、俺の胸に再び顔をうずめてすんすんしだす。いきなりの行為に俺が慌てていると、彼女ががばっと顔を上げる。その表情は引きつっている。
「ぐ、軍曹、お怪我を……! かなり出血されているのでは!? ち、治療しなければ!」
そう言って轟天が俺に乗りかかったまま、なんと、俺の来ている服を脱がそうとしてくる。
「きゃー!!」
「軍曹! お手をどけてください! まずは止血しなければ!! 失礼します!!」
情けない悲鳴を上げている俺の腕を押さえつけて、轟天が俺の服を捲り上げる。ちょ、こいつ、とんでもない剛力だぞ!
「いやー!!」
「こ、これは……」
俺の上半身を見た轟天が驚きの表情を浮かべた。されるがままの俺は情けない声で彼女に抗議する。
「な、何すんの馬鹿ぁ!」
「す、すみません! 早く止血だけでもと思いましたので……し、しかし、軍曹、その、既に傷がほぼ塞がっております!」
「あ、ああ、あの時の傷は完治はしていないが、どういう訳か治りが早いんだ。ここまで治れば行動にもそこまで大きな支障は出ないだろう……そろそろ服戻してくれない?」
「あ、ご、ごめんなさい」
轟天が慌てて俺の服を元に戻す。ああびっくりした。
「ですが、お怪我も大事無いようで安心しました! 流石は軍曹です!」
にこにこしながら轟天に褒められる。何かこそばゆい。
しかし、轟天が素っ裸というのがよろしくない。早く何か着せた方がいいだろう。俺がしょっぴかれてしまう。
「とりあえずこれ着ておけ」
そういって俺の上着を轟天に渡す。そもそもなんでこいつ全裸なの? 耳と尻尾と首輪も相まって、変態を通り越して狐憑きの類かと思った。
「ありがとうございます!」
轟天は嬉しそうに俺の上着を手に取ってまじまじと観察したかと思えば、くんくんと臭いを嗅いでいる。
「え、やだちょっと、そんな本人の前で……汗と血で臭いと思うけどぉ……」
「あ、いえ、そういうわけでは無いのです。軍曹のお召し物を轟天も身に着けることができて、とても嬉しいのです!」
そういって轟天は嬉しそうに上着に袖を通す。ボタンを留めようとしているのか一生懸命いじっているが、なかなか留めることができないようだ。見かねて俺がボタンを留めてやる。袖もぶかぶかだったので肘のあたりまでまくってやった。礼を言う轟天に、俺は一番疑問に思っていることを聞いてみる。
「何故お前が人の姿になっているんだ?」
「それが、よくわからないのです……ただ、気が付けばこのような姿になっておりました!」
上着の丁度いい位置に空いていた穴から出した尻尾を振りながら、轟天はぴしっと元気よく答える。実に犬っぽい。
だがしかし、冷静に考えてみるとおかしい。おかし過ぎる。目の前のこの少女が元は轟天だと? あいつは犬だぞ。化け猫ならぬ化け犬だったのかあいつは。いやいや、そんなわけあるか。
「さっきは場の勢いでお前を轟天だと思い込んだが、本当にそうなのか? 犬が人に化けるなんてあり得ん」
「なっ、本当に轟天であります!」
「本当に?」
「本当にであります!」
「ほんとぉ~にぃ??」
「うぅ、本当にで、ありますぅ……」
目の前の自称轟天は、涙を浮かべ顔を赤くしてプルプルしている。可哀想なので別の切り口を試みることにする。
「証拠はあるのか?」
「しょ、証拠でありますか?」
「そうだ。自身を轟天だと示すことができるようなものだ。何かあるのか?」
でもよく考えたらこの子はすっぽんぽんだった。証拠になるものなんて持ってないよな。どうしようかな。そう考えていた時だ。
「これを! これをご覧ください!」
少女がそう言って自身の首を指差す。そこには首輪が巻かれている。そういえば最初から身に着けていたなと思っていると、その首輪に見覚えがあることに気が付く。いや、見覚えがあるなんてものじゃあないぞ。これは、この首輪は、轟天に付けていた伝令首輪だ。伝令文を入れることのできる、小さな留め具が付いた信書嚢のある革製の首輪。その首輪には轟天号と刺繍されている。
「こ、これは……」
その首輪にゆっくりと震える手を伸ばす。留め具を外して中身を確認すると、そこにはお守りが入っている。そのお守りの黒ずんだ血痕が、俺が渡したものだと主張している。
轟天の顔を見る。彼女の両の目は俺の目を真っ直ぐにとらえている。
「お前は、轟天なんだな……」
「はい、轟天であります」
ここまで証拠があれば信じるしかない。もとより、こいつの目を見たときから言葉では表せられないがこいつが轟天であると感じていた。疑う必要は最初から無かったのだ。
「すまなかった轟天。疑ってしまった」
深く頭を下げる。
「そんな、お気になさらないでください! どうかお顔をお上げください!」
あたふたと轟天が慌てる。だが、俺に認めてもらったことが嬉しいのか、尻尾がフリフリと動いている。かわいい。
「それで、気が付いたらその姿になっていたのだな?」
顔を上げて轟天に尋ねる。その時視界に入った犬耳もぴょこぴょこ動いていて愛くるしい。かわいい。
「はい。轟天は敵兵士の攻撃を受けて死んでしまったと思っておりました。しかし、目を覚ましたらこの森におりまして」
俺と同じようだ。あの戦場からここまで移動してしまったらしい。
「そしたら自分が人間の姿になっているので大層驚きまして……。 頭がこんがらがってしまい、ともかく軍曹を探さねばと思い走り回っておりました!」
真っ先に俺を探そうとしていたのか。かわいい奴め。しかし、攻撃されたと言っていたな。なんてことだ。俺があの時見ていた光景は本当だったのか。かわいい俺の相棒を銃剣で突き刺すなんて、絶対に許さぬ。
「傷は浅いのか?」
「それが、こちらで目が覚めた時はどこにも怪我がなく、五体満足の状態でした」
ふむ、そこは俺とは違うらしい。
「そうか……ならいい。ともかく、さっきは危ないところだったんだ。助けてくれてありがとう。礼を言うよ」
再び轟天に頭を下げる。すると轟天が慌てた様子で、
「いえ、轟天は何があっても軍曹をお守りすると誓ったのであります! なればこそ、あの場で飛び出さずには忠犬たり得ません! お顔を上げてください!」
と答える。その目はとても真っ直ぐに俺を見つめている。
そんな轟天を見ていると安心すると同時に、彼女が心の底から俺を想っているということが感じられる。
おお……なんて、なんて愛い奴なのだ……そういえば犬だったときの轟天はなかなか俺から離れなかったが、あれは俺を守ろうとしていたのだ。最期なんて死地にまでついて来てくれたしな……。
「ご……ご……」
「ど、どうされました? お怪我が痛むのですか?」
「ごうてーん!!」
「きゃん!」
「よーしよしよし!」
感極まった俺は思わず目の前の少女をわしっと抱きしめ頭を撫でてやる。ああ、この抱き心地、轟天をわしわししてやった時のと似てるな。
「は、はわわ……軍曹……」
轟天は照れながらも目を細めて俺に体を預けてきた。
しばらくわしわししてやると、腕の中の少女が小さく震えていることに気付く。おっといかん、婦女子の扱い方としては少々不作法がすぎたかな、と解放しようとしたときだ。
彼女は泣いていた。
「う、う……」
轟天は俺にしがみつきながら嗚咽を漏らしている。そして顔を上げ、俺を見ながら口を開いた。その顔は涙に濡れていた。
「う、うう、軍曹、軍曹……あの時はお守りできず、ごめんなさい……! 轟天に、轟天に力が無かったばかりに……!」
轟天を見る。その目からは、涙が止めどなく零れている。
「ご、轟天は、軍曹が倒れるのを、見ていることしかできませんでした……」
「轟天……」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 次こそは、次こそは必ず! 必ずお守りします!」
「……」
「轟天は、力を得ました……犬の姿だった頃よりもはるかに強い力を……! この力で、軍曹をお守りします!」
こいつは……。
「ですので、軍曹……許されるならばもう一度、轟天を、轟天をお傍においてはいただけませんか……?」
俺は轟天を優しく抱き寄せる。
「轟天……お前は俺の大事な相棒だ。共に戦地を駆け巡り戦った。何度か命を助けられたこともあったな。そして……あの時も、お前は最期まで共に戦ってくれた」
「軍曹……」
少女がこちらを不安そうな表情で見る。小柄で華奢な体躯の彼女を、俺はとても美しいと思った。
「お前と戦ってきたことを俺は誇りに思う。今は変な状況になっちまっているが、こうしてお互い出会ったんだ。戦争はまだ終わっていない。これからも……共に戦おうじゃないか」
彼女の目に再び涙が浮かぶ。だが、その表情はとても晴れやかだ。
「はいっ!!」
そう言うと、轟天は尻尾を凄い勢いでふりふりしながら再び俺の胸に顔を深く埋めてくる。
日が昇り、朝日が俺たちを照らす。気が付いたら夜が明けていたようだ。
一度失ったと思っていた命だが、どういうわけか生き永らえた。それだけでなく、愛しき相棒と奇妙な形で再開もできた。自分たちがどういう状況に置かれているのかはさっぱりだが、こいつとなら……轟天とならどうにかなる。そう感じた。
可能な範囲で毎日投稿する予定です。