一言さんお断り♡ 2
「夜分遅くに申し訳ありません。旅の者ですが、道に迷ってしまって」
中から返答は帰ってこない。沈黙。まぁ警戒するだろうな。ましてや子供がいればなおさらだろう。こちらに敵意が無いことを伝えなければならない。
「怪しい者ではありません。実は、兄妹で旅をしていまして、近道のためにこの森を通り抜けようとしましたが迷ってしまったのです。夜も更けて妹も不安そうにしておりますので、せめて道だけでも教えていただけますでしょうか」
どうだ?
すると足音が聞こえてくる。こつこつと奥からゆっくりこちらに近づき、入り口の前で止まる。一息程の間の後に入り口の扉がぎぃっと開かれる。
「……何者だ?」
少しだけ開いた扉から老人が顔を覗かせている。年老いて顔に皺ができているが、その目はこちらを射貫くかのような迫力がある。彼の腰付近には獣の尾が見え隠れしており、新人類だということが分かる。獣の耳は生えていないが、個体差のようなものがあるのだろうか。
「道に迷ってしまって」
「それはさっき聞いた。おぬしらは何だ? 鴉ではないのか?」
「我々は違います。鴉とは無関係です。」
「本当か?」
随分疑り深い。やはりかなり警戒しているな。その時、
「ん……? おぬし、に、人間か!?」
老人が後ろに下がって斧を手にする。これはまずい。
「な、人間が何故こんなところに……!?」
「ま、待ってください。我々は敵意はありません。道を教えて頂けたらすぐにでも去りますので!」
その時、
「おじいちゃん、人間の人達が来たの?」
老人の後ろから女の子の声が聞こえてきた。幼く優しい声だ。
「リサ、出てきてはいかん!」
老人の制止は間に合わず、声の主の姿が見えてしまう。黒い髪の少女が一人、部屋の奥に立っている。その子には獣の耳も尻尾も生えていない。おそらく、あの子が轟天の言っていた人間だろう。
「隠れていなさい! リサ!」
老人が叫ぶ。そして手にもっている斧を構えて少女の前に立つ。
「立ち去れ! この子を傷つけるようなら容赦はしない!」
「……!」
後ろにいる轟天から僅かに殺気が放たれるのを感じる。
「轟天、大丈夫だ。抑えてくれ」
そう言って轟天を制するも、これはいかん。この爺さん、興奮してこちらの話を聞く余裕が失われている。だが、こちらとしてもできれば森を抜ける道を聞きたいのだ。さてどうしたものかと考えようとした時だ。
「おい、おっちゃん。おちつけ」
ビャクが俺の後ろから声をあげた。そしてずかずかと俺と斧を構えた老人の間に割って入る。
「わがぼけなすくそあにきが、ぶれいをしたな。あやまるからぶきをおろしてくれ」
そう言ってビャクが頭を下げた。
予想外のビャクの言動にぽかんとしていると、頭を下げたまま踵で蹴られる。
「ぼけなすくそみそあにきよ、おまえもさっさとあたまをさげろ!」
ビャクに促されるままに俺も頭を下げる。少し言い過ぎじゃない?
「す、すみません。先ほども申した通り、こちらに敵意はありません。どうか落ち着いてお話を聞いてもらえませんでしょうか」
俺達の様子に少し落ち着いたのか、老人が斧を少し下げる。しかし、まだこちらを警戒していることには変わりはない様だ。
「われわれはにんげんだが、しんじんるいもなかまにおるのだ。おっちゃんとはにたきょうぐうだぞ」
顔を上げたビャクがそう言って、後ろにいた轟天を指さす。轟天を見た老人が驚いたという表情に変わった。
「な、なんと、新人類と人間が共に行動しておるのか?」
「はい、彼女に道中で助けてもらいまして……。それから私たち兄妹と共に旅をしているのです」
咄嗟に出たでまかせだが、あながち間違いではない。この世界で轟天に初めて会った時から、何度も彼女には助けてもらっているのだから。
「うしろのむすめは、にんげんだろう?」
ビャクのことばに老人が眉を顰める。
「あんしんしろ。さっきもいったが、われわれもにたようなかんじなのだ。おっちゃんをころして、そのむすめをほごしようなどとはかんがえておらん!」
「……後ろの嬢ちゃんは本当に一緒に旅をしているのか?」
老人が轟天に向かって質問する。ビャクの言った事の真偽を確かめたいのだろう。
「はい! 轟天は新人類ですが、人間である軍曹と一緒に旅をしております!」
「……」
うまい具合に轟天も話を合わせる。それを聞いた老人は何かを考えているのだろうか、少しの間俺達を眺めた後、手に持っている斧をゆっくりと下ろしてふぅと息を吐いた。それを見て、ひとまず安心だなとほっとする。
「すまないな。こんな辺鄙な場所に来るからには、わしらを狙っているのかと疑ってしまった」
老人が謝りながら戸を広く開けてくれる。
「わしの名はゲンじゃ。おぬしらは道に迷ったと言っておったな。この辺りは複雑でな、不帰の森などと言われてもおる。立ち話もなんだ、とりあえず中に入るといい」
「うむ、たすかるぞ! ゲン!」
そう言いながらビャクがまるで遠慮せずにつかつかと中に入る。それに続いて俺と轟天もお邪魔させてもらう。
中は質素な部屋だった。暖炉にテーブルとベッド、箪笥の様な家具が置かれているくらいだ。櫛に刺された肉が暖炉の炎に炙られており食事の支度をしていたことが分かる。
「おじいちゃん、もう大丈夫なの?」
奥の扉が少し開き、そこから先ほどの少女が顔を出している。少々不安そうな表情でこちらの様子を伺っている。
「リサ、もう大丈夫だ。さっきは怒鳴ってごめんよ。さぁ、こちらへおいで。お客さんにご挨拶しないと」
老人がそう言うとリサと呼ばれた少女は小走りで老人のもとへ駆け寄る。そして老人の隣に立つと俺達に向かってぺこりと頭を下げた。
「こ、こんばんは。あたし、リサって言います」
見た感じまだ10歳にもなっていないのに礼儀正しい。このご老人がしっかりと躾をされているようだ。身なりも、集落で見た者達よりも小綺麗にしている。
「リサか、よろしくな! わたしはビャクという」
ビャクが嬉しそうに挨拶をする。さっきの態度といい、こいつは実はなかなか凄い奴なのかもしれん。研究者とのことだが、何も一人でずっと研究をしていたわけでは無い、ということか。
「うしろのまぬけづらのおとこは、わたしのめしつかいだ」
何言ってんだこのクソガキ。
「まぁ、そうなの!? 召使を連れているなんて、とても偉い人なの!?」
「ごほん、リサちゃんか、よろしく。俺はこの間抜けのお兄ちゃんなんだよ。そしてこいつが……」
「轟天であります! ゲンさんにリサちゃんさんですね。よろしくお願いします!」
二人で自己紹介する。普段はあまり人と会わないのだろうか、リサちゃんは目を輝かせている。
「まぁ、お兄さんってことは、お二人は兄妹なのね!?」
「なさけないわがあにだ!」
「うるせぇ」
またビャクの頭をぐりぐりしていると、その様子を見てリサちゃんがくすくすと笑いだす。
「あはは! お二人はとても仲が良いのね! ビャクさんと轟天さん、それからお兄さんのお名前は?」
「ああ、俺は……」
「軍曹は軍曹です!」
また横から入られた。まさか……。
「……ねぇ轟天、もしかしてだけど、俺の名前って知ってるよね?」
「はっはっはっ、何をおっしゃいますか。軍曹でありましょう!」
んん……?
「いや、軍曹というのはだな、名前では無くて……」
「軍曹と皆さんから呼ばれておいででありました! 不肖、この轟天めも敬意を込めて軍曹とお呼びさせていただいております!」
「えぇ……」
「そんなくだらんはなしはもういいだろう。ところで、ゲンよ、ききたいことがある」
「くだらんとは何だっ!」
「なぜにんげんのりさといっしょにくらしているのだ?」
いきなり核心を突く質問だ。新人類の老人と人間の少女が、森の奥深くの一軒屋で共に暮らしている。まだこの世界には詳しいとは言えないが、俺でもそれが異常なことだと分かる。気になる。むっちゃ気になる。
「……おぬしらも新人類と人間の組み合わせじゃあないか」
ゲンさんが言いにくそうに、ゆっくりと口を開く。
「轟天は俺の相棒で、共に戦ってきた仲間です」
「さっきは道中助けられたと言っていたが?」
「あ、それは……」
しまった。速攻で墓穴を掘ってしまった。ビャクが呆れた顔で俺を見ている。やだ、そんな目で見ないで……!
「ふふ。まぁ訳ありなんじゃろ。わしらと同じようにな」
そう言ってゲンさんは目を細める。
「相棒か……新人類と人間がそのように生きて行ければ、どんなに良いことか……」
どうやら俺の言葉が彼の心に刺さったようだ。
「わしとこの子は数年前からここに住んでおる。この子は、リサは両親を殺されてな……両親の死体のそばにいたのをワシが通りかかって保護したんじゃ」
ゲンさんがリサちゃんの頭を撫でる。その表情はとても優しそうだ。
「両親を殺された、ですか……」
「人間同士の食料の奪い合いか何かに巻き込まれてしまったようでな。他にも何人かの人間達の死体が転がっておったよ」
「そうですか……人間の子供を拾うのは、貴方にも危険が伴う行為であったかもしれない。それでも、その子を助けようと思ったのですね」
「ああ、わしにはこの子とそっくりの娘がおった。小さい頃に病気で死んでしまったんじゃが……この子と娘が重なってな……」
「……すみません。言いにくい話をさせてしまった」
「いや、いいんじゃ。気にせんでくれ」
そんなとき、ぐぅ~という腹の音がビャクの腹から響いた。こんな時になんてことを、と思ったがこれは生理現象。仕方のないことなのだ。流石にこれでビャクを責めるのは可哀想で……
「だれだ! まったく、こんなときにくうきのよめぬやつめ!」
「お前だ馬鹿たれっ!」
ビャクをぐりぐりしていると、ゲンさんが笑いながら暖炉まで歩いて炙っていた肉を大皿に乗せそれを大きな机の上においた。
「さぁ、おぬしらも一緒にどうだ? 皆で囲った方が食事は美味くなるからの」
そう言ってゲンさんはにっこりと笑った。