一言さんお断り♡ 1
「えぐい!」
ビャクが馬車のそばに転がっている二人の鴉の構成員の死体を見つけるや否や、そう叫んで嘔吐している。
「こいつらは、轟天がたおしたのか?」
吐いた後に何事も無かったかの様に轟天に問いかける。なかなか切り替えのできる奴だ。兵士に向いてるかもしれん。
「はい」
「さすがだな! のうりょくもちは、やはりつよい!」
「ありがとうございます!」
するとビャクがその死体を漁りだす。
「けっ、しけているな。なにももってないぞ」
「こらこら、仏さんを物色するんじゃありません」
「これもりっぱなちょうさなのだ! からすどもがなにをみにつけているのか、しらべている!」
「さいですか」
一通り漁ると、今度は鴉ヘルメットを引っ張って脱がし始める。
「軍曹、おまえもそっちのますくをもらっておけ」
「へ?」
「からすにせんにゅうするときにつかえるだろう」
ちゃんとそういった事も考えてたのか。研究者というだけあって聡い。しゃべり方が多少独特だが。
「えぐい!」
ヘルメットを脱がした時に、苦悶の表情を浮かべている死体の形相を見て再び嘔吐している。やっぱ阿呆っぽい。そしてまたもや吐いた後にケロッとしている。
「そういえば、おまえたちはどういったかんけいなんだ?」
カラスのヘルメットを背嚢にしまいながらビャクが訊いてくる。いつかはこの質問が来るだろうとは思っていたが。さぁ、どこまで説明したものか。はっきり言って、説明するのが非常に面倒なのだ。それに信じてもらえるかどうか。
「俺と轟天は元々組んで行動していたんだ」
「くんでいただと? そもそもなんで、にんげんとけものつきがくんでいるんだ? おしえろ!」
「あー、まぁ色々あったんだよ」
「いろいろってなんだ!」
「俺が異邦人ということは知っているだろう?」
「ああ」
「ここに来る前の場所だと、人間と新人類……お前達の言う獣憑きが共に行動するのは珍しくないんだ」
まぁ、ただの獣なんだけど。その点を覗いては嘘ではない。
「なんと! そんなばしょがあるのか! どこだ!?」
「地球って言っても分からんよなぁ」
「ちきゅう? きいたことないぞ」
「まぁおいおい説明してやるよ。おいおいな」
「けちやろうめ!」
轟天が元々犬で、どういう訳か新人類として生まれ変わったということは伏せておこう。説明が面倒くさいし、そこまで情報を明かさなくてもいい。
「では轟天にきくまでだ。轟天! おまえはぐんそうとどういったかんけいなんだ?」
「はっ! 轟天は軍曹の犬であります!」
「えっ」
「勘違いされるような言い方はやめろぉ!」
「こんなとしはもいかぬしょうじょをいぬあつかいするとは……このおとこ、なんというへんたいなのだ……」
「やめろぉ!」
「まぁいい。ひとはだれしも、やみをかかえているものだ。これいじょうは、いまはきかないでおいてやる」
「はぁ……そりゃありがたい」
賑やかにになったのはいいが、なんとも疲れる。ともかく、さっさと出発してしまおう。馬車の馬はどういう訳か死んでしまっていたので、残念だが徒歩で進まなくてはならない。
そういえばビャクは案内をしてくれると言っていた。早速役に立ってもらおう。
「なぁ、ビャク。安全に移動できる道とか知らないか?」
ビャクはまってましたと言わんばかりの表情で答える。
「ふはは! もちろんしっているぞ! このわたしのゆうのうさに、ふるえるがいい!」
「何言ってんだか。では先導してもらいたい」
「まかせろ! このみちをすすむよりも、みぎてのぞうきばやしにはいって、もりをぬけたほうがちかみちなのだ!」
ビャクが自身満々に先頭に立って歩き出す。俺は苦笑いで、轟天は笑顔でお互いを見合わせてからその後に続いた。
*
ビャクに先導してもらい出発してから2時間ほどが経った。すっかり森の中に入ってしまい、薄暗く不気味な雰囲気が辺りを包んでいる。先ほどからビャクがきょろきょろと辺りを見渡しながら先頭を進んでいる。
「あれ……」
隣の轟天が声を出す。どうしたのか聞いてみると、驚愕の答えが返ってきた。
「ここは先ほども歩いた場所ではないでしょうか」
……なんてことだ。
「ビャク、止まってくれ」
先頭のビャクに声をかける。振り返ったビャクの顔は飄々としているが……
「なんだ」
「なぁ、ビャクさん。ここってさっきも通った場所じゃないか?」
「そんなばかなわけあるか!」
「じゃあなんできょろきょろしてるの?」
「……」
「黙らないで! 怖いから!」
「ビャクさん……」
困ったという表情で轟天がビャクを見る。その屈託のない瞳に晒され、ビャクが少したじろいだかと思えば、ふぅとため息を吐いて俺達を見る。
「じつは、もりのしょくせいのけんきゅうもしたくてだな……」
「本当ですか?」
「……まよった」
「はぁ……」
やはりというか、溜息が出てしまう。
「なれないことはするものではないな! すなおにみちをあるいておけばよかった!」
「うるせぇよ! 開き直ってんじゃねぇ!」
「軍曹、日が落ちてきています。夜に森を移動するのは危険かと思います」
轟天の言う通り、時刻的にももうそろそろで日が落ちるだろう。その前に一夜を明かす準備をしなければならない。まずは獣に襲われにくい、休めることができそうな場所を探さなくては。こんな阿呆は放っておいてさっさと探しに行こう。
「ああ、一晩明かせる場所を探しに行こう。ついでに火種になりそうな枯れ枝を拾っておこう」
「はい、軍曹」
「わたしをおいていくな!」
それから少し移動した時だ、轟天が何かに気付いた様だ。
「この先から肉を焼くような匂いがします。もしかしたら誰かが野営をしているかもしれません」
ということは、俺達の様にこの森で夜を明かそうとしている奴がいるのか?
「それはよかった。ばんめしをわけてもらおう!」
「阿保か。そんなおいそれと食料を分けてくれるはずないだろ。あと声がでかいぞ」
「ではおそってうばってしまうのだ!」
「おまえは静かにしといてくれ」
俺の返答にビャクがぷんすかしているが、放っておいて轟天と相談する。
「近づいて様子を見よう。鴉の連中かもしれん。もしそうであれば先手必勝だ」
「はい」
そんな会話を聞いていたビャクがケケケと笑う。
「なんだ、けっきょくおそうのではないか! やはり、てんさいであるわたしのいうことがただしいのだ!」
「見つかるからお前はもう黙ってろ!」
「うわなにをするやめ、ふがふが」
ビャクの口を手で押さえて塞ぐ。
「すまん、轟天。頼めるか?」
「は、はい。お任せください!」
「もがもが」
轟天に様子を見に行ってもらう。腕の中のビャクがもがもがうめいているが気にしないでおく。正直、こいつがこの近くまで一人で生きて来られたという事実が実に不思議でならん。
そんな事を考えていると、轟天はすぐに戻ってきた。
「戻りました」
「ああ、ご苦労さん。どうだった?」
「ふがふが」
「この先に一軒、家屋がありました。中には恐らくですが二人ほどいるかと。確証はありませんが民間人かと思われます」
「もがもが」
「なるほど、鴉ではなさそうなのか。道を教えてもらいたいが……鴉に属していない新人類なのかな?」
「それが、人間と新人類の両方の匂いがするのです」
なんと。ではその民家には俺と轟天の様に人間と新人類が二人で暮らしているというのか。
「何やら訳ありかもしれんな」
「ふがふが」
「え、ええ。もしかしたら我々に対して友好的かもしれません」
「もがもが」
「……思い切って訪ねてみるか」
「ふがふが」
「うるせぇ! っつか掌舐めるんじゃねぇよ汚ぇな!」
「あ、あの、ビャクさんを放してあげては……」
まぁ鴉の可能性が低いなら気配を押さえておくことも無いか。
腕の中でもがもがしているビャクを放してやる。
「ぷはぁ! ころすきか軍曹!」
「では行こう」
「むしするな!」
「まぁまぁ、ビャクさん落ち着いてください」
「これはふとうなあつかいである!」
相変わらず迫力の無い憤慨を披露しているビャクを横目に、轟天の報告にあった一軒家にむけて足を進める。友好的であればよいが……。
少し進むと一軒家が見えてきた。木造一階建ての質素な外見をしている。窓は無いが、隙間から明かりが漏れており、中に誰かがいる様に感じられる。
「轟天、俺とお前は兄妹ということにしよう」
「兄妹ですか?」
轟天がきょとんとした表情を見せる。確実に向こうは警戒するだろう。であれば、まだ少女の轟天の存在を利用して相手の警戒を解く。俺と兄妹ということにすれば怪しまれるにくいだろう。
「そうだ。向こうの警戒心を解くための設定みたいなもんだな」
「ですが軍曹、人間と新人類ですので兄妹というのは少々無理があるのでは……」
「あ、そっか」
そんな基本的なことを見落としていたとは。やだ、恥ずかしい……。
「けけけ、あほめ! あ、なにをするやめ」
ビャクの頭をげんこつでをぐりぐりしていると、
「軍曹、ビャクさんとであれば兄妹でも怪しまれないのではないでしょうか。ビャクさんの見た目だと特に不自然な所はありませんし、相手の警戒心を解くという点では有効かと思います」
轟天が提言する。ふむ、一理あるな。
呻いているビャクを見る。
「うごご、やめろやばんじんめ! こんなにあいらしいいもうとにてをあげるなんて、なんというやろうだ! このぼけあにき!」
もう妹になりきってるぞこいつ。むかつくけど。
「そういや、お前って女だろ? 男ではないよな?」
「……おまえがしるひつようはない!」
「やっぱり妹は轟天がいいなぁ。こいつかわいくないもん」
「なんだと!」
「あはは……ですが、軍曹。轟天は軍曹の妹にはなれません!」
えっ、そんなきっぱり拒否されると傷ついちゃう……
「何故なら、轟天は軍曹の相棒でありますから!」
「ご、轟天……!」
かわいくない妹(笑)を放り出し、満面の笑みの轟天をわしわししてやる。轟天も顔を赤らめて嬉しそうにしている。愛い奴愛い奴。
「おい、ぼけなすあにきよ。さっさとあのいえにいってこい」
呆れ顔のビャクに促され俺は家に近づく。入り口に立ち中の様子を伺うと、話し声が聞こえる。男性と子供の声、これは女の子だろうか。轟天に目配せしてから戸を叩く。中から聞こえていた話し声がピタッと止まった。