Soldier and dog girl meet ? 1
集落を出てから1時間ほど経過した。実に順調だ。風が心地よく天気も良い。この世界が終わりに向かっているとは思えなくなる。目的地の鴉の拠点である街は集落から北へ歩いて四、五日間ほどの距離だという。馬がいればよいのだが、集落には一匹も馬がおらず、たとえいたとしても流石に俺達が乗っていくわけにもいかんだろう。仕方なく歩いて向かうことにしたのだ。轟天が自分なら俺を背負って走れば半日で到達できます、と言っていたが怖いので遠慮しておいた。まぁ、歩きながらこの世界がどんな世界なのかこの目で見て回りたいという気持ちもあった。
出発の際はポポ君とピコラちゃんをはじめ、何人もの村人から見送りを受けて何だか出征式を思い出してしまった。もうあの故郷には戻れないのかもしれんなと思うと少し寂しくなってしまう。いかんいかん、本土の土はもう踏めぬと、タラップに上がる手前で覚悟を決めたはずだ。
そんな俺の様子を感じ取ってか、轟天が少し俺の方に寄る。彼女の顔を見るとにこっと笑顔でこちらに視線を返してきてなんだこいつかわいい。そんな轟天だが先ほどから気になる事がある。
「なぁ、轟天。何でその上着まだ着てるんだ?」
轟天の恰好は昨日までと変わらずに俺のボロボロの軍服の上着を身にまとっており、尻に空いた穴から尻尾を出していた。彼女からすると寸法の大きい服なので、膝下まで丈が届いている。これはこれでとてもかわいいのだが、ピコラちゃんから服を譲ってもらったはずだ。
「軍曹のお召し物を身に着けることができてとても嬉しく、これからも着用したいと思い身に着けております!」
「でも汚れてない?」
「昨日洗っていただきました! 下にはピコラさんから頂いた服も着ております!」
そう言って轟天は上着のボタンを外して下に来ている服を見せてくれる。確かに、昨日着ていた服だ。
まぁ、そこまで言うのならいいか。俺はこちらの一般的な恰好のようだしそこまで目立たんだろう。
そんなやり取りをしながら進んでいた時だ。
「この先に何かいます」
轟天が立ち止まり、まっすぐに進行方向を見ながら言う。
「匂いか?」
「はい。わずかに獣臭の混じった匂い。おそらくこの臭いは新人類特有の体臭です」
鴉の配下の街はそんなに近くないはずだ。新人類がいたとしても、持たざる者であり、かつ鴉に属していない所謂穏健派の可能性が高い。
「ふむ、まぁ大丈夫だろう。ポポ君たちのような大人しい新人類の可能性が高いと思う」
「では、このまま接近しますか?」
「ああ。何か異変を察知したら教えてくれ」
「はっ!」
轟天の頭をわしわししてやる。とても嬉しそうだ。ああもう癒されるわおん。
そのまま少し進むと行く手の先に路肩に止まっている一台の馬車の様なものが見えてきた。三人がその傍にたむろしており、三人とも鴉のヘルメットを被っている。辺りは開けていて身を隠してやり過ごすことは難しそうだ。
「運が悪いな……」
「そうですね……」
轟天が一歩前に出る。
「ここは轟天が。軍曹は後ろに」
「まぁ待ちたまえ轟天君」
轟天を窘める。
「何かいい情報を持っているかもしれん。少し会話してみよう」
「危険です! 恐らく彼等は問答無用で襲ってくるでしょう」
「その時は始末すればいいさ」
そんなことを話していたら、連中がこちらに気が付いたらしい。そして荷馬車から各々が武器を取り出す。やる気満々じゃないか……こりゃ対話は難しそうだな。
「軍曹」
「はあ、残念だが仕方ない。轟天、やるか」
銃剣を握り、ただし一人は殺さずに捕えてくれと指示を出そうとする前に、
「はっ、あの人数なら轟天一人で十分です。お任せを」
そう言うや否や、轟天が地面を蹴って奴らに向かって駆けだしていった。
「ちょ、待ってぇ!」
あの子もやる気満々じゃないか。向こうを全滅させてしまう前に追いつかなければ。そう思って俺も走り出した。
俺が荷馬車に着くまでの間に、事はほぼ終わっていた。轟天の足もとには二人の死体が転がっている。一人は首があらぬ方向へ曲がっており、もう一人は胸の右半分が吹き飛んで骨やら桃色の臓物やらが丸見えになっている。どうやら轟天の強力な拳をもろに受けたのだろう。ナンマンダブ。そして轟天は片手で最後の一人の首を掴んで持ち上げ、馬車に押し付けている。そいつの両足は少し地面から浮いてバタバタと暴れている。
「ひっ、が、た、助けて……! やめ、て……!」
必死に命乞いをしている。が、轟天はもう片方の手で拳を作り、鴉頭に叩き込もうと軽く振りかぶり――――
「待て轟天」
俺の言葉にピタリと轟天が止まる。
「そいつに聞きたいことがある」
轟天は鴉頭を地面に叩きつけると、その両腕を取って組み伏せる。素晴らしい手際の良さだ。そんなことも訓練したっけ?
「い、いでぇ!」
鴉頭が喚く。
「静かにしなさい。喚けば力を強めます」
轟天がそう言うと鴉頭は静かになる。
「さて、お前は鴉の構成員で間違いないな」
「あ、ああ、そうだ」
そう答えた鴉頭がこちらを向くなり騒ぎ出す。
「げぇ、に、人間じゃねぇか! 何で生きていやがる!? ぎゃあ! い、痛い!」
轟天が力を強めたのだろう、鴉頭が痛い痛いとまた喚く。
「お前たち、俺を殺しに来たってところか」
「そうだ! ヨタカさんがお前を殺したはずだ!」
「よたか? そいつはお前らの仲間か?」
「いてぇ、いてぇよ! 頼む力を緩めてくれ!」
「答えろ」
「い、痛いっつってんだろ! 第一てめぇ何で人間なんかの味方してやがる! この裏切り者がぁ!」
鴉頭が轟天に喚く。
「はぁ……轟天」
「はい」
ボキっという音が響く。
「ぎゃあああ!!!!」
鴉頭が叫ぶ。轟天に捕まれている両腕の内、片方の腕があらぬ方向に曲がっている。
「こちらの質問に答えなければもう片方の腕も折るぞ」
そう言うと鴉頭はひぃひぃと震えながら首を縦に振る。
「そのよたかとか言うやつはお前達の仲間か?」
「は、はぃ」
「そいつが俺を殺したはずだとさっき言ったな。それはどういう意味だ」
「あ、あぅ、は、ヨタカさんは、お前を殺しに、この奥の集落に行った……!」
「だから、何で俺を殺そうとするんだ」
「ひ、う、上から言われたんだ!」
「上だと? 理由も説明されたのか?」
「さ、されてない、本当だ! 俺達はただ言われた通りヨタカさんについてっただけだ!」
轟天を見る。
「この者の言っていることは本当かと。嘘をついているようではありません」
持たざる者は下っ端。婆さんの言っていた通りのようだ。こいつはただ能力持ちから指示された通りに動いただけだろう。
「一ついいことを教えてやるよ」
「はぁ、はぁ……い、いいこと?」
「そのよたかって奴は、死んだ」
「なっ……」
鴉頭が驚愕といった声を出す。
「ば、馬鹿な! あの人は能力持ちだぞ! お前みたいな人間に殺されるわけねぇ!!」
「その能力持ちを殺せるんだよ。俺達はな」
低い声で脅しながら、鴉頭のヘルメットを掴んで引っ張る。鴉頭から涙を流すしけた男の面に変わる。
「鴉の構成について教えろ。能力持ちは何人いる?」
「し、知らない」
轟天が力を強める。
「ぎゃあぁ!! し、知らないんだ!! 本当だぁ!」
「どんな能力を持っている奴がいる?」
「そ、それも知らない……ぎゃあああ!!」
「もう片方の腕も折られたいみたいだな」
「ひ、や、やめて、言う、言います! ちょっとだけならし、知ってます! だから、力緩めてくれぇ!!」
轟天に目配せする。
「ほら、さっさと答えろ」
「は、はいぃ……あ、相手の体を鈍らせる能力……」
体を鈍らせる。おそらく轟天に殺されたよたかって奴の能力だろう。
「他には」
「は、花を咲かせる能力……」
「はなぁ?」
花って、あの花? 花咲か爺さんみたいな?
「……ふざけてんのか?」
轟天が再び力を籠める。
「ああぁ!! ほ、本当だ! そういう能力の奴がいるって聞いたことがあるんだ!!」
「はぁ……他には?」
「う、ほ、他には、地面を……」
「地面を?」
轟天が何かに気付いてはっと顔を上げる。
「抉る能力……」
地面を抉る? どういうこっちゃ。どんな能力なんだ?
その時、
「軍曹っ!!」
「こういう能力です」
何者かの声と共に、俺達が立っていた地面が捲り上がった。
「うおぉ!!」
「くっ、軍曹!」
空中に吹っ飛ばされるも、飛び上がった轟天に抱えられる。轟天は俺を抱きかかえたまま体勢を崩すことなく見事に着地する。
「ご無事ですか!?」
「あ、ああ、無事だ。すまん」
くそ、何が起きた? 立ち上がった砂ぼこりで視界が悪く、辺りの様子がよく見えない。さっき地面が捲れて吹っ飛ばされた時、聞き覚えの無い声が聞こえた。
「能力持ちか……!」
「おそらく。ごめんなさい、接近に気が付かず先手を許してしまいました」
「いや、いいんだ。俺も気が付かなかったからな……それより、降ろしてくれない? 恥ずかしい……」
お隙様抱っこされていて、これでは婦女子みたいだ。
「あ、失礼しました!」
地面に立ち辺りを伺う。
「どこにいるか分かるか?」
「……いません」
「何?」
「敵はさっきの攻撃に乗じて離脱したようです。匂いも気配も感じません」
「そうか……」
ちっ、逃がしちまったか。味方の能力持ちが助けに来るとは。抜かった。
砂ぼこりが晴れてくる。そこには馬車が一台残されただけだ。
「……いえ、います」
「え、いるの? 何処?」
轟天が馬車を指さす。
「あの馬車の中に一人。ですが、この匂いは……」
「匂いは?」
「おそらく、人間です」