目的 3
「この世界は不安定である……それはお話しましたね?」
「ええ。100年ほど前からでしたっけ? 少しずつ環境が悪化しているとか」
ポポ君がそんなことを言っていた。意味が良く分からなかったので、深く気には留めなかったが。
「その通りです。この世界は徐々に破滅へと向かっているのです。原因は何なのか、知っている者は誰もいません。分かっていることと言えば、周期的に起こっているかもしれない、ということくらいです」
「しゅ、周期的に起こっている?」
ということは、何百年に一回とかで世界が破滅するのか? なんてこった。奇怪な世界だと思ったが、とんでもない世界じゃないか。正直日本に帰りたい。
「そ、それはなんというか、ご愁傷様といいますか……」
「あくまで言い伝えです。証拠となるものがあるわけではないのです」
「あっ、そうなんですね……」
「その言い伝えには、過去に世界が崩壊しかけたとありました。その時に、異邦人が現れたとも」
「異邦人……」
「おそらく、あなた方の様な外からこの世界に来た存在のことだと思います。つまり、この世界は崩壊を始めると外から人を呼び込む……我々新人類はそう認識しているのです」
なんというか話の規模がでかくて正直に言うといまいち頭の理解が追い付かない。何か少年向けの冒険誌を読んでいるような気分だ。そういえば小さい頃によく読んだなぁ。
「そして今、世界は再び崩壊しようとしている。そんな中、この世界の常識をまったく知らない人間と新人類の二人組が現れました。聞いたことのない場所から来たと言う。おそらく、そういうことなのだろうと……」
「……」
婆さんがゆっくりと立ち上がる。
「ここから北へ行くと鴉の支配する街があります。そこへ向かうとよいでしょう」
「鴉の支配する街?」
「はい。そこは新人類が鴉の下に集まって作られた街です。この集落とは比べ物にならないほど大きい、鴉の拠点とも言える街です」
「そんな所、危険なのでは」
轟天が言う。確かにその通りだろう。俺達を狙う組織の拠点なんて危険でしかない。
「その街にはナビエという名の、面白い能力を授かった者がおります」
「面白い能力?」
「神託を得る能力、と、本人は言っておりました」
「神託と言いますと、神からのお告げを得るというあの?」
他の能力から随分と方向性の違う能力だ。俺のいた世界にもそういった能力を持った人間がいた気がする。前に士官学校出の上官から聞いたことがある、確かソクラテスとかいうおっさんだったような。己が誰よりもムチムチだという神託を受けたんだったっけか? その意図はまったく想像もつかんが、随分やらしい内容の神託だぁ。
「はい。その者は世界の上位者とも呼べる存在からお言葉を得ることができるようなのです。貴方達がこの世界に来た理由が、もしやはっきりするかもしれません。何しろ貴方が現れるという神託を、その者は得ているのですから」
「俺がこの世界に現れることが、神託で予言されていた……」
なるほど、確かにその新人類には一度会っておきたい。どんな神託だったのか、きちんと確認しておく必要がありそうだ。そして、新たに神託を受けてもらえば俺達の置かれている状況が分かるかもしれない。しかしそう簡単にいくだろうか。
「確かに、その能力では何かしら重要な事実が判明するかもしれません。ですが、その方は鴉の一員なのですよね? 轟天はともかく、私に協力してくれるのでしょうか」
「その心配は無用です。何故なら、彼は人間に対してとても友好的なのです」
「能力持ちの中にも、あなた方の様な穏健派が存在するのですか?」
「ええ、確かに彼は鴉に属しています。ですが、人間を敵視してはおりません。私も鴉の拠点で暮らしていた頃、気になって理由を聞いたことがあります。そうしたら、上位者に教えてもらったと」
ふぅむ。反人間の思想を持っていなければ大丈夫だろうか? ここの者達は皆、俺と轟天に対して友好的だった。そいつもまた人間を敵視していないというのであれば、同じように協力してくれる可能性もあるかもしれない。だが、もしそうでなければ? 鴉の拠点の中で敵対されたら? 間違いなく危険な目に合うだろう。下手したら殺されてしまうかもしれない。
色々と考えていると、力強い声が部屋に響いた。
「行ってみましょう、軍曹」
声の方を向くと、轟天が俺を真っ直ぐ見つめている。
「例えその方が非協力的でも、鴉の拠点が危険だとしても、何があっても轟天が軍曹をお守りします!」
「轟天……」
彼女の目はとても清らかで安心のできるものだった。その目を見ていると、俺の心もどこかほぐれていく様に感じる。
そうだ、俺は一人ではない。轟天という頼もしい相棒がいるのだ。この世界で轟天と再会した時を思い出す。こいつとならどんな事でも乗り越えられる、そう感じたはずだ。
「轟天、一つ間違いがあるぞ」
「えっ……?」
「前にも言っただろう? 俺もお前のことを守るってな」
「軍曹……」
今の俺達には他に手がかりは無い。そうである以上、その神託とやらに頼ってみるしかないかもしれない。
俺は方針を決めると、婆さんを向いてはっきりと答える。
「分かりました。その神託の能力を持っているという方に会ってみます」
俺達の次の目的地が決定した。