目的 2
その晩、長の婆さんの部屋に俺と轟天は招かれた。何でも、俺たちに話しておきたいことがあるらしい。
「失礼します」
「失礼します!」
婆さんの部屋に入る。質素だがしっかりと清掃された奇麗な部屋だ。
「ご足労いただいて申し訳ない。足が悪くてあまり動けないのです。お許しを」
「いえ、お気になさらず。我々の方こそお世話になってしまって。改めてお礼申し上げます」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、轟天も元気よく礼を言って頭を下げる。俺が有効的な態度を見せた相手には、こいつも礼儀正しく振舞うらしい。
「ふふっ、礼に篤い方々なのですね。我々の知る人間と能力持ちとは似ても似つかないほど」
婆さんが目を細めて笑う。そういえばこの人が笑ったの初めて見たな。
「人間はどのような存在なのですか?」
気になったので聞いてみる。すると婆さんは少し沈黙してから口を開いた。
「お気を悪くしないでいただきたいのですが……」
「お構いなく。是非、聞かせてください」
「我々新人類の知る人間は、弱く狡猾な種族です」
「弱く、狡猾……」
「はい。我々よりも背は低く、力も弱い。また、どういう訳か、人間の中には能力持ちは生まれません。そして、彼等は我々の事を獣憑きと蔑み敵視するのです。徒党を組み、少人数で行動している新人類を襲います。また、技術という面では彼等に一日の長があります。硬い鉄を加工し武器を大量に作成できるのです。基本的に我々新人類はあまり群れない種族です。ですので、大勢で集まり、武器を手にした彼等人間に殺される新人類は後を絶たなかった」
「……」
「そんな中、決定的とも言える出来事が起きます。人間の中に同盟と呼ばれる組織が誕生したのです。どういう経緯で誕生したのかは分かりません。ですが、同盟の下に全ての人間が集結し、我々新人類に攻勢をかけてきました。また、同じくらいの時期に世界自体の不安定さも加速的に進んで行き、争いの中で新人類はどんどん死んでいきました。能力持ちですら殺されることが珍しくなかったほどです」
婆さんが少し申し訳なさそうな様子で続ける。俺を気にしているのだろう。
「新人類側も対抗しました。ですが、先ほどの武器の件だけでなく食料の生産や組織立った行動等、彼等人間の方が上手でした。我々新人類は能力持ちが持たざる者達を無理やり集めるという程度が関の山だったのです。もちろん上手く連携を取ることも不慣れでした。ですが、新人類側も黙ってはいませんでした。とうとう新人類達を統率する存在が登場したのです」
「鴉……」
「そうです。鴉と呼ばれる組織が新人類の中に誕生しました。とある一人の能力持ちが他の能力持ち達を配下に置き、持たざる者達をその下に置いて一気に新人類をまとめ上げました。鴉は人間達の食料生産や部隊運用といった組織の運用方法をどんどん取り込んでいったのです。そして、同盟に対して一気に反撃に出ました。徐々に形成は逆転していき、同盟を壊滅させることも現実味を帯びてきたのです。しかし、その頃には世界の疲弊もかなり進行していました。鴉も同盟も自分達が生きていく事の方が優先され、おかげで大規模な戦闘自体が困難になっていたのです。最近はずっとにらみ合いという拮抗状態が続いています」
「鴉の目的は人間の滅亡なのでしょうか」
「……鴉設立は、我々新人類の安寧のためだと聞いています」
「あなた達が自身の種族を新人類と呼んでいるのは」
「人類である人間種に対し、進化した存在であることを強調しているためでしょう」
概ね予想していた方向性の内容だ。ポポ君の言っていた内容とも矛盾しない。
……俺たちはいつか人間とも出会うだろう。新人類とはどんな存在か聞いた時、どういった答えが返ってくるか。
だが、気になる情報もある。ポポ君も言っていた、同盟。人間の組織らしいが、言ってみれば国家の様な存在なのかもしれん。同盟についてはもう少し教えてもらった方がいいだろう。
そう考え、同盟について詳しく教えて欲しいと言おうとした時、
「人間はそんな存在ではありません!」
轟天が大声で叫ぶ。悲しそうな表情で婆さんを見つめている。
「私のいた世界では私のような獣と人間は共に在りました! その証拠に、軍曹と轟天は一緒に戦ってきたのです!」
「轟天やめろ」
「いえ、軍曹、言わせてください。轟天は人間の人たちと一緒に命をかけて戦ってきました。部隊の人は皆とてもいい人達でした! だからこそ、轟天も命をかけることができた!」
「轟天」
「ですが、軍曹……!」
「俺たちの敵も人間だったはずだ」
語尾を強める。
「……失礼、しました」
轟天はまだ言い足り無さそうだったが、己を押さえることができたようだ。
「失礼をしました」
「いえ……こちらも言葉を選ぶべきでした。配慮が足りず申し訳なかった」
「一つ聞いても?」
「何でしょう」
「何故、昨日私たちを受け入れてくれたのですか? お話を聞く限り、あなた方新人類は人間に対して良くない感情を抱いているのが普通だと思うのですが」
「一つはゴウテンさんがいらっしゃったから。もう一つは我々は穏健派だからです」
穏健派。確かにポポ君やピコラちゃんは俺に対して負の感情を向けてはこなかった。今ではすっかり打ち解けている。
「我々の様な持たざる者達は鴉内での地位は低いのです。過酷な作業に従事させられることが多く、最も命を落としやすい立場となります。ですので、持たざる者の中には鴉から離反し身を寄せ合って我々のように集落を形成して生きていく者もいます。そういった者達は基本的に争いを好みません」
この世界で最初に俺を襲ってきた鴉の連中を思い出す。あいつらは皆持たざる者だった。なるほど、新人類側も一枚岩ではないらしい。
「話が少し逸れてしまいました……。ご足労いただいたのは、あなた方が何故この世界にいるのかについてです」
婆さんを見る。つい先ほど落ち込んだ轟天も、真剣な表情で婆さんを見ている。
「そういえば、私たちが外の世界から来た者であると最初に仰ったのは、貴方でしたね。間違いないと。何か心当たりがおありなのですか?」
「ええ。それについて、お話いたしましょう」
そう言って婆さんが改めて口を開いた。