目的 1
死体の埋葬があらかた完了する頃にはオレンジ色の夕日が差し掛かっていた。この世界でも太陽と月は存在するようだ。案外地球上のどこか未開の土地なのかもしれないなと思う。この日は集落に一泊させてもらうことになった。体力を回復させたいということもあったし、轟天と俺の装備を調達したいという思いもあったからだ。
轟天は俺の上着を着ているが、その下はすっぽんぽんである。変態だぁ。そして俺も着用している軍服はボロボロになっているし、何よりこの恰好は目立ってしまう。ただでさえ俺と轟天の組み合わせは目立つため、服装だけでも一般的なものにしたいのだ。
何故俺と轟天の組み合わせが目立つかというと、この世界では、人間である俺と轟天の様な新人類が一緒に行動していること自体が非常に珍しいからだ。それもそのはずで、人間と新人類は種族として対立しているらしい。どの世界でも変わらんなと苦笑してしまう。
「ゴウテンちゃんにはあたしの服をあげるにゃ!」
「ありがとうございます! ああ、でも轟天はお返しに差し上げられる様なものがありません……そうだっ、ピコラさんには轟天の尻尾の毛を差し上げます!」
「それはいらんにゃ」
ピコラちゃんと轟天はすっかり仲良くなった。犬と猫。善きかにゃ。
「グンソウさん、似合っていますよ。僕と体つきが似ていてよかったです」
「ああ、ぴったりだ。服まで見繕ってくれるなんて、すまない」
俺はポポ君の服をいただけることになった。物資が少ないのに申し訳無いのだが、集落を救ってくれた礼だという。無下に断るのもなんだし、ちょうど服装には困っていたのでありがたく頂戴することにした。黒色の厚手の生地で織られた丈夫そうな服だった。彼は集落の男性陣の中では小柄な方だが、俺とほぼ同じ背丈である。彼らの種族は人間よりもガタイがいいのだろうか。
「そんな、とんでもないです。我々はあなた方に救われたのですから。むしろこんなことくらいしかできずに申し訳ないです」
「そんなことはないさ。これで前よりも目立つことなく行動できる」
「ああ、そうだ。グンソウさんの服ですが、預かっていてもよろしいでしょうか。直しておきます」
「そんな、そこまでしてもらう訳には……」
「気にしないでください。またこの集落にお立ち寄りいただく機会があれば、その時にお渡ししますので!」
今俺が着用している軍服は至る所に穴が開いていたり裂かれていたりしているだけでなく、自分や他人の血の染みがべっとりついている。正直着れたものではなく、この後捨ててしまおうと思っていた。そんなものを渡すのは気が引けたが、これは俺が日本人であることを意識できる数少ない物であることも確かだ。ここもお言葉に甘えることにしよう。
「すまないな、では渡しておこう。またきっとこの集落に来るから、その時に受け取るよ」
「はい! しっかり直しておきますね!」
そんなやり取りをしていたら、轟天とピコラちゃんがこちらに駆け寄ってくる。轟天はピコラちゃんの着ている服と似たような、少し模様の入った白い服を身に着けている。とても似合っていてかわいいぞ!
「ねぇねぇ、グンソウさん! ゴウテンちゃんの能力を見せて欲しいにゃ!」
「ピ、ピコラさん……! すみません軍曹、轟天の能力をピコラさんにお見せしてもよろしいでしょうか?」
ちゃんと俺の許可を得てからじゃないと能力を他人に見せるわけにはいかないと判断したのか。確かに能力の内容を無闇に周りに教えると何かと不都合が生じかねない。偉いぞ轟天、後でワシワシしてやろう。
「……まぁ大丈夫だろう。どの程度のものか、俺もまだ確認していないからな。ちょうどいい機会だ、轟天! お前の真の力を見せてみろ!」
「はっ! お任せください!」
轟天が元気よく返事する。これは期待できそうだ。
俺とポポ君とピコラちゃんが見守る中、轟天が目を閉じる。そして、
「はあぁ……」
整った呼吸と共に轟天の髪が少し逆立ち若干雰囲気が変わったような感じを受ける。
「今能力を使っているのか?」
「はい! 使っております!」
「そうか……」
「……」
地味だ。
「えっと、何か強そうな雰囲気を出す能力かにゃ?」
「なっ」
「ピ、ピコラさん!? 駄目ですよ、そんな……!」
「じゃ、じゃあ、髪の毛を気持ち逆立てる能力とか……」
「ピコラさん……!」
ポポ君が慌ててピコラちゃんを窘めているが、轟天はショックを受けている。
ふーむ、確かに身体能力強化は見てる分には分かりにくい。
「轟天、能力を使っていない状態で真上に飛び上がってみてくれないか?」
「は、はい。真上にですか?」
「そうだ。思いっきりだぞ。その後に能力を使って同じように飛び上がって到達した高度で能力がどの程度のものかだいたい分かるんじゃあないか?」
「なるほど! 流石は軍曹です! 了解であります!」
外に出た俺達の前で轟天が空を見上げている。
「ちょうど月が真上に見えます。あの月に向かって飛び上がってみます!」
そういって轟天は膝を曲げてしゃがむ様な恰好を取る。そして一度ゆっくりと呼吸をしてから、ふっと息を吐きながら跳躍する。
轟天が目の前から消える。同時に大きな音が響き、轟天のいた地面が陥没したように損壊している。なんという脚力だ。
「す、すげぇ!」
思わず声が漏れる。そうだ、轟天は何処だ? 真上を見上げる。すると俺達の頭上に小さくなった轟天の姿があった。おそらく三十メートルほどは跳躍したのではなかろうか。崖の一つや二つ軽く飛び越えることのできる高さだ。
「なっ……!」
「す、すごい、すごいにゃあ!」
ポポ君とピコラちゃんも、轟天の予想以上の跳躍力に驚いている。
数秒後に轟天が落ちてくる。頭を下にして気を付けの様な恰好だ。そして、地面の手前でくるっと回転すると片足で着地した。
「「「おおお~」」」
三人同時に感嘆の声をあげる。なんとも見事だ。
「流石だな轟天! すごいじゃないか!」
「軍曹! ありがとうございます!」
笑顔の轟天の尻尾がパタパタしている。とてもかわいいのでワシワシしてやる。
「ねぇねぇ! 能力を使うともっと高く飛べるのかにゃ!?」
ピコラちゃんが目を輝かせている。それを聞いてそういう趣旨だったことを思い出す。
「そうだそうだ、轟天、次は能力を発動させて跳躍してみてくれ」
「はいっ!」
轟天が少し離れたところで深呼吸する。目を閉じて先ほどの様に呼吸を整える。
思わず唾をのみ込む。何だか知らんが緊張してきたぞ……。
「はあぁ……」
能力を発動させたようだ。見た感じはまったく変わりは無いが、先ほどと同じようになんというか、こう、雰囲気が変わった様に思える。
「それでは、いきます」
「おう、思いっきり飛んでみてくれ!」
次の瞬間、轟天の立っていた地面が吹き飛んだ。
その凄まじい衝撃によってこちらも転げてしまう。一瞬敵襲かと思ってしまったが、それが轟天の跳躍による衝撃だと理解する頃には、彼女の立っていた地面が先ほどの比ではない程に滅茶苦茶に陥没している。
ポポ君もピコラちゃんも呆気にとられている中、轟天を確認しようと真上を見上げるも、何処にも轟天はいない。
「にゃ、にゃにゃ……」
ピコラちゃんがあわあわしている。ポポ君も目をぱちくりさせて何が起こったのか理解できていないようだ。無理もない。さっきのとは比べ物にならないほどの破壊力なのだ。これだけの衝撃を残す程の跳躍、一体どれほど高く飛んだのか全く見当もつかない。
「グ、グンソウさん……ゴウテンさんは……」
「分からん……見えるか?」
「い、いえ、全く見えません……」
轟天が消えてから十秒以上は優に経過している。しかし、その姿は全く見えない。一体どこまで行ったんだあいつは……!?
すると、
「……そ……ぐ……そー……」
何かが聞こえる。
「んそー……軍曹!」
「ご、轟天!?」
轟天の声が聞こえる。一体何処だ!?
「ここです!」
声のする方を向くも、
「へ?」
真上ではなく斜めの角度で轟天が飛んできたのだ。そして先ほどのようにくるっと回って俺達の近くに着地する。
「すみません、軍曹! 真上に跳んだつもりが、誤って角度が付いていたようであります!」
轟天が俺のもとへと駆け寄って頭を下げる。
「い、いや、お前が無事ならいいんだ……一体どこまで飛んでったんだ?」
「あちらです。向こうに見える巨木付近に一度着地しました」
轟天が指さした方向を見る。暗くてよく見えないが、月明りのおかげでわずかに水平線の先に一本の大きな木の様な影が見える……冗談だろう?
「お前の言ってる巨木って、あの?」
「はい!」
「すげぇな……」
驚きのあまり言葉を失う。凄いなんてもんじゃないぞこれは。あそこに着地したということは、おそらくニ、三百メートルは跳躍できるのだろう。
「はぇ~すっごい……」
「にゃぁ……」
ポポ君達も声が出ない様だ。
これが轟天の能力、身体能力強化。単純だがそれ故にとんでもない力だ。
「軍曹!」
轟天が目を輝かせている。
「この能力で、軍曹を必ずお守りします! これからも轟天をどんどん頼ってください!」
その笑顔に胸がきゅんする。かわいいっ!