第7話 進化
気づいたら知らない場所にいた。
知っているようで知らない。
形はあるのだが、それは次々と形を変えてしまう。
そんな曖昧な場所。
辺りを見渡すとポツリ、またポツリ、と人が何もない空間から出現する。その人達は知っているようで知らない。
曖昧すぎてうんざりする。
立っていても仕方ないと思い、一人で歩き出す。
しばらく歩いていると、ようやく私が知っている人物が視界に入る。
お父さんとお母さんだ。
二人は仲良さそうに話をしながら、いつの間にか増えていた人混みの奥へと歩いて行く。
気づけば私は、二人を追いかけていた。
追いつかないと一生会えないと、そう思ってしまった。
でも、いつまでたっても二人に追いつけない。私は走っていて二人は歩いているのに、私たちの間は相変わらず遠いまま。
苛立ちで目の前の人を退かそうとすると、私が触れたところからヒビ割れしていき、やがて砂になって消えていく。
それが始まりだった。
中心にいる私から広がるように、周りにいた人達は砂になって同じように消えていく。
子連れの人、地図を片手に歩いている人、老人、ベンチに座って休憩している人、全ての人がいなくなる。
私は謎の脱力感に襲われて地面に座りこんでしまう。
ふと、人の気配がして上を見上げると、遠くを歩いていたはずのお父さんとお母さんがいた。
だが、二人は私を汚物でも見るように見下ろしていて、それがとても嫌で…………
「お前がいるから皆死んだ」
「お前のせいで皆が不幸になる」
「お前なんかいなければ良かったのに」
「お前なんか産まれて来なければ良かったのに」
「誰のせいでもない」
「お前が悪い」
「お前さえいなければ」
「憎い」「恨めしい」「呪ってやる」「殺してやる」「死ね」「地獄に堕ちろ」
「「死ね、死ね、死ね、死ね死ねしね死ね死ね死ねシね死ねシネしね死ね死ねシネ死ねっ!」」
「──いやぁああああ!」
もうやめて。いなくなってくれ。
そう強く願った。
…………。
……………………。
………………………………。
目を開けると乳があった。
なんか無性にムカついたので鷲掴みにする。
そして揉みまくる。弾力が凄くてこれは中毒になりそうだ。
「ちょ、セリア様!? あ、ンッ…………」
これ以上はどこかからお叱りを受けそうだったのでやめる。
……ふむ、どうやら私は膝枕されていたらしい。
名残惜しいけど起き上がって、リヴァイアサンと向き合う。
そして一言。
「なんでいるの?」
「セリア様が引っ張ってきたんですよね!?」
前のめりでズイッと詰め寄られた。その衝撃で胸が揺れる。
…………近い。
「そういうことじゃなくてね。あんな醜態を晒した奴の側にまだいたんだなぁって」
思い出すだけで恥ずかしくなってきた。
少し否定されたくらいで子供みたいに泣きわめいて、これ以上否定されるのが怖くなって逃げ出して。
みっともなさすぎて違う涙が出てきそう。
「だって我はセリア様の下僕ですから」
シンプルな答え。
「私の下僕だから……ね。ふふっ、そうだね、そうなったんだよね」
リヴァイアサンなりの気づかいなのだろう。細かいことは聞いてくる様子はなかった。
親と決別したショックで心が病んでいる今は、それがとてもありがたい。
「ごめんね。苦労をかけるだろうけど、これからよろしく」
「──っ、はい! 我はいつ如何なる時でも、セリア様と共に有ることを、ここに誓います」
結婚する時の台詞っぽいなぁ、と思っていたらリヴァイアサンの体が僅かに光り始めた。よく見たら私も光っている。
私もリヴァイアサンも何が起こっているのかわからずに呆然としていた。
すぐに私達を包む光は消えてしまう。
どちらも姿に変わりはないようで安心する。
……いや、念のために『魔眼』でリヴァイアサンを視ると、魔力量が先程と比べ物にならないほど増幅していた。
「これは……なるほど、そういうことですか」
リヴァイアサンは納得したようで、自分の体をペタペタと触って異常がないか確認していた。
「え、リヴァイアサンわかったの? なんかお前の魔力量が三倍くらいになっているんだけど、どういうこと?」
状況を把握出来ていない私は、体に変化がないかを確認する。
主に胸部辺りを。……チッ、大きくなってねぇか。
「セリア様、これは進化です」
「はぁ…………はぁ!?」
進化ってそんな簡単にするものなの?
リヴァイアサンはともかく……いや、最強の竜族も進化するのは驚きだけど、なんで私も同じように光ったのかわからない。
少なくとも私は自分のことを人間だと思っているよ?
「ですがこれはただの進化ではありません。原因は間違いなくセリア様の『魔眼』かと…………どうしたのですかセリア様」
「すんません。私の能力がいつも迷惑かけてすんません」
魔眼のせいで謎の現象が起きていたらしい。
進化って言っていたからいいことなんだろうけど、今のお豆腐メンタルな私はビクビクと震えてしまう。
「むしろセリア様のおかげで我は強くなれたのです。感謝しかありません!」
「う、うん……」
リヴァイアサンの言っていることは正しい。だから落ち着こう。落ち着いて深呼吸……よし、メンタルは回復した。
「それでリヴァイアサンは何に進化したの? 最高位の竜とか?」
「いえ、悪魔です」
「…………ん?」
「悪魔です」
「おう……」
なんで竜族が悪魔に進化するんですかねぇ?
種族変わっているし、下手したら体の構成も変わっているんじゃないのかな。
竜族は魔物。
魔物とは魔力体であり、魔力が尽きると同時に消滅してしまう。
そして悪魔に滅びはない。消滅しないが魔界という場所にしか実体がない。普段は霊体として世界を彷徨っている存在で、契約した主が高濃度の魔力にて現界させるしか、世界に存在することは出来ない。
──何から何まで違う。
「我は竜族『リヴァイアサン』から、最高位悪魔『レヴィアタン』となりました。
これからの生涯を貴女に捧げます。何卒よろしくお願いいたします、我が主よ」
うやうやしく頭を垂れて跪く。
その姿はただの森林ですら神聖な場所と錯覚してしまうほどだった。悪魔なのにね。真反対の存在なのにね。
そんな高貴な存在である悪魔のご主人様が迷った末に出した一言は…………
「……あ、うん。おめでとう?」