第5話 リヴァイアサン
「うっわ、でけえ! 何あれすっごいでけえ!」
家を出てすぐに異変に気づいた。
空を覆い尽くすほど大きな竜がいた。
あれが元凶? めっちゃカッコいいやん。
村は子供と主婦しかいないので、夕暮れに外に出ている人はいない。だから竜の存在に気づかなかったのだろう。
竜はゆったりとした動きで口を開くと、口元に大きな魔法陣を描き始める。まだ畑からは遠いというのに、しっかりと見ることが出来る。
『魔眼』で見たところ魔法陣の完成には時間がかかりそうだ。この調子ならまだ間にあう。
っと、目の前に複数の人影が。あれは…………
「村長! 大丈夫ですか!?」
村長とその他村人A、B、Cだった。
「セリアちゃんか!? ここは危険だ、すぐ逃げろ……ってなんでそっぽ向いて話しているんだい?」
「いや、気にしないでください。それよりあの竜は?」
「わからない。いきなり現れて敵意むき出しだ。俺達は危険を知らせるために村に行くところだ」
どうやらお父さんは逃げ遅れたらしい。あのデカい竜が未だ畑に向かって口を開けているのが、その証拠だ。
……何やってんだ、あの人は。
「では、村のことは頼みます!」
「あ、おい! そっちは危険だぞ!」
「私はお父さんを助けに行きます。ついて来ないでください!」
男の静止を振り切って私は走る。
ここでぐだぐだ話していたら間に合わなくなってしまう。ついでに『魔眼』も見られてしまう。それは避けたかった。
ようやく畑にたどり着いてお父さんを探す。
──見つけた。
お父さんは諦めたように座って目を閉じている。潔いのは良い。本当はもうちょっと頑張って欲しいところなんだけど、これを見てしまったらそんな気も失せるよね。
竜の作り出した魔法陣はすでに完成している。後は放つだけ。
私はまだお父さんが見える距離にしかいない。しかも助ける手段は、またもやぶっつけ本番という命知らずの賭け。
「成功してよっ!」
やがて竜から全てを破壊する魔の奔流が放たれる。
竜族が最強と恐れられる所以、竜の咆哮。
想像よりも大きく、全てを灰燼と化すそれは、失敗したら私とお父さんだけではなく、村にまで被害が及ぶだろう。
気後れしたのは一瞬。
覚悟を決めた私は魔眼を発動し、奔流を『吸収』した。
これは見たものの魔力を、名前の通り吸収する魔眼の能力の一つ。
竜が放ったブレスによる膨大な魔力の奔流が、滝のように私に流れ込んでくる。容量オーバーになり、体の節々が悲鳴をあげる。
こんな短期間で体に影響を及ぼすほどの痛みを二度も味わえるとか、神様はよほど私のことを嫌っているらしい。
とにかく、今まだ痛みを覚えているってことは竜の攻撃を吸収することは成功したってこと。死んではいない。
痛みに耐えながらお父さんの様子を見ると、まだ目を閉じていた。
……娘が苦痛に耐えているというのに、何を良い表情で死を迎えようとしとるんだ。
よし、一発ぶん殴っとこう。
「え、ちょっと待──!」
あ、起きた。いいやもう、一度発射した拳は止められないのです。
理不尽な一撃がお父さんを襲う!
「ぶはっ──!」
「あ! ごめんなさいお父さん、気絶してたのかと思って殴っちゃった(棒)」
「う、ぐ……セリ、ア? なんでこんなところに、見えているってことは失明しなかったのか? ……だが、その目はいったい」
「……ごめんね。説明しいてる暇は無いの。まずはあの竜をなんとかしないとね」
竜は攻撃を凌がれたのが予想外らしく、大きな眼をより一層見開いて私を注視している。
竜族は知能が最も高い魔物とされている。あちらさんは今頃、私をどうやって倒すか必死に考えているのだろう。そのおかげか殺気が滝のように降ってきて、正直めちゃくちゃ怖い。
というか私のほうがどうやってあいつを倒そうか悩むっての。確かに竜の攻撃を吸収したから魔力はとてつもない量が溜められているけど、私が覚えている魔法は初級魔法のみ。そんなの何千発当てても最強の竜族には意味がない。
「セリア、お前あのリヴァイアサンと戦おうって言うのか!?」
リヴァイアサン。本で見たことがあるな。
空の支配者。普段は空を悠々と飛んでいるだけで、攻撃をしなければ敵意を表さない竜族の中では珍しい、温厚な種だったはず。
「ってことは誰かが攻撃でもしたの?」
「知らない。突然現れて荒らしやがったんだ……」
突然現れた? こんな巨体が近づいてくるのを気づかなかったのはおかしな話だ。
理由はどうであれ、ブチのめすしかなさそうだ。
どうやら、悠長に話をしている暇もないみたいだし。
リヴァイアサンは私が魔法を無効化出来ると考えたのか、口を開けたままこちらに突っ込んでくる。
竜族らしくやることが派手で素晴らしい脳筋っぷりだなぁ、と現実逃避してしまうくらいに圧巻だった。
だってそこら辺の山なんて軽く飲み込めるんじゃないか。というレベルの口がぐわーって来てるんだよ? そりゃ現実逃避したくなりますって。
「──動くな」
それだけでリヴァイアサンはピクリとも動かなくなった。巨体だろうが最強の種族だろうが眼は付いている。眼が合いさえすれば、こっちの独壇場と言っても過言ではない。
そのかわり消費する魔力は半端ないくらい膨大なものになるけど、さっきの攻撃分の魔力があったから、なんとか発動出来た。
私がやったのは『支配』。
洗脳の上位互換のようなもので、強制的に対象を私の物とする能力。
ただし、洗脳よりは魔力の消費量が激しくて、使い所に注意しなければ、私の魔力は一瞬で枯渇してしまうだろう。
「え、どういうことだ? リヴァイアサンが……止まった?」
お父さんはまだ混乱しているようで、一切動かないリヴァイアサンを不思議そうに凝視している。
なんかお父さんがモブキャラっぽく見えるけどしょうがない。彼は村人なのだから。この村では私のほうがおかしいのだ。
「そのままゆっくりと降りてこい。抵抗しても無駄だ。すでにお前の身体は私が支配している」
「何を言っているんだセリア……リヴァイアサンを支配した? それに、その光っている目はまさか…………」
ようやく気がついたらしい。
私はゆっくりと振り返り真実を告白する。
「お父さん。私ね、新しい能力を手に入れたの。…………その名前は『魔眼』」
「────っ!?」
とても驚いている様子だ。そりゃそうだろう、自分の娘が災厄の能力を手に入れてしまった。それに驚かない親はいない。
『我が敗れるとは、な。信じられないが、魔女の力ならば納得出来る』
「ほぇ?」
脳に直接響いてくる声。お父さんにも聞こえたらしくて頭を抱えている。
お父さんではない。ってことはこの場にいる声を発せる生物って…………
「リヴァイアサン。あんたって話出来たのね……」
『我は叡智ありし竜族である。下等生物の言語など、とっくの昔に理解している』
「さよですか……」
その下等生物に大敗北したリヴァイアサンさんは、どういうお気持ちなのか気になるところですねぇ。
『……この姿では少々目立つな』
「少々じゃなくて結構目立つと思うんだけど」
『人間。貴様の名は?』
無視かい!
……まあ、いいけど。
「セリア。セリア・アレースだよ」
『……ふむ、セリア殿。貴女と話しやすい姿に変えたいので、しばしの間、身体の自由を許可して頂きたい』
「あ、うん。わかった」
変形出来るのかよ! とはツッコまない。なんかもう面倒くさくなってしまったので、言われる通りに魔眼の力を緩める。
私を騙して身体を自由にし、また襲ってくるのであれば同じように命令するだけだ。
それよりも竜族は誇り高い種族らしいので、騙すなんてことはしないと思う。リヴァイアサンも例に漏れないようで、攻撃してくる気配はない。
やがてリヴァイアサンの巨体が光り始め、その光は徐々に小さくなって丸い形になっていく。
そして、光が消滅すると同時に目の前に現れたのは──可憐な美女だった。