第4話 父の危機
親に『魔眼』のことがバレないようにどうやって肉料理を食べるか。これの難易度は壊滅級。
だが、どんな難易度にも攻略法は必ずある。
私は考えた……んだけど元々低い知能の私がいくら考えても結局は同じような答えしか出てこない。
今のところ最も簡単で確実なのは、親も『洗脳』で魔眼の認識をさせないようにするというもの。
──だけど私は、親にだけは能力を使いたくなかった。
二人は私のことをとても大切に思ってくれている。私だって良い子キャラなしで考えても、二人のことは大好きだ。あんな優しい親ってあの二人だけなんじゃね? と本気で思うほど大好きだ。
だから、こんなことに巻き込みたくなかった。
そこで選んだのは最も危険な選択肢。
正直に『魔眼』のことを話す。
優しいお父さんとお母さんなら受け入れてくれるかもしれない。しっかりとした根拠は無いけれど、なんとなくそんな気がする。
覚悟は決まっていないまま夕食時になり、そろそろお父さんが畑仕事を終えて帰ってくる頃になった。
様子を見るために『千里眼』で下を覗き混んだ私が目にしたのは、豪華な……それはそれは豪華な……いやいや何これマジパネェという感じでギャル化してしまうほどの肉料理。
あれを食べるのを想像するだけでよだれが……うへへっ。
早くお父さん帰ってこないかなぁ…………。
──三十分後。
「おっそい!」
お父さんはまだ帰ってこない。下にいるお母さんもおかしいと思ったのか、台所をウロウロし始めている。
「全く、一体何をしているんだか……」
様子を見るためにお父さんがいるであろう畑に眼を飛ばす。
どうせ台車が壊れて野菜を運べないとか、年のくせに無理して頑張りすぎて腰をやったとかでしょ。ちなみに私のお父さんは36歳なんだけどね。──まだ若いじゃねぇか!
段々と私の眼は畑に近づいている。
「ん?」
畑からは炎が上がっていた。これは野菜を燃やして肥料にしている感じではない。とても嫌な予感が漂ってくる。まだ遠いから聞き取りづらいけれど、男性の叫び声が聞こえる。
ヤバいと思った時には、ベッドから飛び出て階段を駆け下りていた。
久しぶりに動いたせいで体は若干だるいけど、そのうち慣れるだろう。今は我慢して動く。
「お母さん、私ちょっとお父さんを迎えに行ってくるね!」
「え! ちょっとセリア!?」
お母さんの声を置いて裸足のまま走る。
「間に合って……!」
◆◇◆
今日は上手く作業に集中出来なかった。
理由は勿論セリアのことだ。
セリアは良い子だ。皆に笑顔を振る舞って、皆もそれのおかげで元気を貰っている。
……いつからだろうか。
セリアが良い子になろうと努力し始めたのは……。
あの子はバレてないと思っているのだろうけど、親ならわかる。
だって俺もノイシュも、あんなにいい子じゃなかったし! 小さい頃からやんちゃしてた悪ガキの俺と、実はめっちゃ怖かったノイシュの子だぞ。
しかも理由はまだある。
俺とノイシュが台所でお茶を飲んでゆっくりしている時、二階から「──だぁあああっ! 今日めっちゃ疲れたわ、これ明日筋肉痛で私死ぬわー!」って大声で叫んでやがった。
あれには飲んでいたお茶を二人して吹き出して笑った。
……あぁ、俺たちの子はやっぱり馬鹿だなって。
そんな俺たちの血を色濃く受け継いだセリアだけど、今まで本当に頑張っていたのは事実だ。
そんな子が15の誕生日の時に失明の可能性。
俺は絶望した。信じていた神さえ恨むほどに絶望して、己の無力さに失望した。
夜中に響いたセリアの絶叫。
それは今でも耳の奥底に残っている。
苦しんで、痛いと叫んで、それでも頑張って耐えているセリアの手を、俺は掴んで祈ることしか出来なかった。
セリアが失明した可能性があると聞かされた後だってそうだ。セリアは神にブチ切れて家が揺れるくらい暴れた。
俺はそれを聞いているしかなかった。父親らしい言葉をかけてやることも出来なかった。
後悔しかない。それのせいで仕事は捗らないし、友人からも本気で心配される始末。
そろそろ夕食時になってきたから帰ろうかと思った時に、赤色の空が真っ暗になる。
ほとんど傾いていた太陽に雲がかかったのかと思い、どうせすぐに元に戻るだろうと帰りの支度を続けた。
「結構大きい雲なのか?」
いつまでたっても空は暗いままだ。
一雨くるくらいの雲だと困るが…………。
「…………は?」
今の呆けた声が自分の声だとようやく気づく。
それくらいに俺は気が動転していた。
あれは雲なんかではない。
あれは──生き物だ。
「なんで……」
膝が自分の意志に逆らってガクガクと震える。
ありえない。なんでこんなところに……
「なんでこんなところにリヴァイアサンがいるんだ!」
そこには空の支配者、リヴァイアサンが悠然とこちらを見下ろしていた。
リヴァイアサンは魔物だが、普段は空を漂っているだけだ。こちら側から攻撃しない限り、敵対してこない。珍しく危険視されていない魔物として、人々に認識されていた。
だが、こいつから感じる威圧感はなんだ?
どう考えてもこちらを敵と思っているような気がしてならない。
「──ぐっ!」
リヴァイアサンが吠える。
ただそれだけで共に仕事していた男達は全員吹き飛び、離れたところで焚き火していた火が近くの森に燃え移る。
ここから村は遠い。まだリヴァイアサンには気づいていないだろう。急いで帰って知らせなければ、村のみんなが危ない。
「みんな村に逃げろ!」
一人がそう言うと、事態に追いつけずに呆然とリヴァイアサンを見ていた皆は我に返り、一斉に走り出す。
「うっ……」
俺も走り出そうとしたが、吹き飛ばされた衝撃のせいで足を捻挫したらしい。思ったように動かせなくて転んでしまう。
しまったと思った時にはもう遅い。リヴァイアサンは大きく開いた口をこちらに向けていた。その口には大賢者が作り出す魔法陣よりも、遥かに大きな魔法陣が出来ていた。
今から逃げようとしても絶対に避けられない。
確実な『死』が身に降りかかろうとしている。
「クソッ!」
やがてリヴァイアサンから規格外の奔流が放たれる。
恐れから俺は瞼を閉じてしまう。
……ああ、情けない。
だが、仕方ないだろう。
俺はただの村人。あんな怪物に抗うことなんて出来っこない。
「…………セリア……ごめんな」
…………。
……………………。
んーと、攻撃はまだか?
流石にここまでお預けをくらうと覚悟も薄れるんだが。
……開けるぞ? 開けちゃうぞ?
「(チラッ)」
そこには腕を大きく振りかぶり、俺に殴りかかってこようとする愛娘がいた。
「え、ちょっと待──!」




