第46話 お互いの本音
姫様を連れて玉座の間に来た私を、王様とその関係者はひどく驚いていたけど、姫様自身の必死な説得によって同行を許可された。
最初は難色を示していた王様だったけど、まさかの助っ人、レインからの助言もあって、納得せざるを得ない状況になったようにも見えた。
なんでレインが姫様を助けようと思ったのかはわからない。でも、あの言葉で少しでも変わろうとしてくれたなら、それは主人として嬉しく思う。
「──まずは、長い時間お待たせしてしまったこと、深く謝罪する」
「いえ、どうかお気になさらず。その代わり、良いお返事を期待していますよ」
玉座の間には私とレイン、アリス、王様とその側近、最後に姫様だけがいた。
数百もいた騎士たちは誰もいなくて、一回目に来た時よりも玉座の間が広く感じた。
「っていうか、シエラ様はこっち側に居て良いのですか? 今更ですけど、あっちに移動しても良いのですよ?」
姫様は最初から私の後ろに控えている。
あまりにも自然なことだったので反応が遅くなってしまったけど、普通は王様側にいなくちゃいけないでしょ。この国の姫様なんだし。
「……いえ、今回、私はただの見物人です。どちら側に付こうと関係はありません」
「ああ、そう……それならいいんだけど……」
ほら、王様からの視線が気になるんですよ。
今の発言だって拒絶に聞こえたのか、凄い泣きそうな顔になっているし、というか実際に目の端にうるうるとした何かが出て来ているし。
助けを求める感じで、王様の側に控えている騎士団長っぽい人を向くけれど、目を伏せて横に首を振られた。まるで、諦めてくれって言われているように思える。
……まぁ、実際にそう言いたいのだろう。
「……セリア殿」
「はい? なんでしょうか?」
「本当に、民には枷を掛けないのですな?」
「突然迷宮が出て来たのですから少しばかりの影響は出るでしょうが……直接的に何かをすることはないと約束しましょう」
直接的な枷を嵌めることはないけど、魔力を吸収し続ける間接的な枷を嵌めることになる。
だから今の質問に「イエス」と答えたら、それは嘘になる。だから、嘘だとバレないように答えを曖昧な回答で誤魔化した。
「そうか……」
王様は静かに目を閉じて、やがて決意したように目を開いて私を一直線に見つめてきた。
さすがは人の上に立ち続けてきた人だ。ただ見られているだけなのに、圧をとてつもなく感じる。
「アガレール王国はセリア殿と協力を結ぶことを──ここに宣言しよう」
『なっ!?』
宣言と同時に、今まで黙っていた側近たちが瞠目した。
それはまるで予想外のことが起きたと言わんばかりの驚き方で、一致しないあちら側の意見に私は首を傾げる。
「王よ、会議では協力は見送りになったではありませんか!」
──え? そうなの?
「だが、最終的な決断は私に一任する。と意見は纏まったではないか」
ということは、最後の最後で王様の考えが変わったってことになるよね。
……いったい何があったんだ?
「──シエラだ。我が娘は私と同じくらいの……いや、私以上の能力を得ている。私よりも人の思考を読み取り、年に似合わない知能を持ち合わせている。その子がセリア殿を信頼して同行してきたのだ。……ならば、私はそれを信じてやりたいのだよ」
そう言う王様の表情は、どう見ても娘を思いやる父親だった。
それは一国の王が、国の行方を左右する場でしていいものではないだろう。
「それと、セリア殿。押し付けがましい願いであるが、どうか、どうかこれからも娘と仲良くしてやってはくれないか?」
「シエラ様とは今日会ったばかりですが……わかりました。シエラ様が私と仲良くしたいと思ってくれているなら、喜んで引き受けましょう」
……でも私は、そっちの顔の方が好きだ。
だから、素直にその気持ちを受け取っておこう。
「感謝する……」
王様は私の元に歩いてきて、深く頭を下げた。側近たちはもう止められないと諦めたのか、こちらの出方を見守っている。
「どうか頭を上げてください。これからは協力する立場なのですから、対等に行きましょう? ね?」
「う、うむ、わかった……これから、よろしく頼む」
そう言って手を差し出してきた。
私その手を取り、微笑む。
「はい、よろしくお願いしますっ」
こうして長くなると覚悟していた最終局面は、あっさりと終わったのだった。
◆◇◆
その後、細かい話は後日にやることを決めて、私たちは一旦、迷宮へと帰還していた。
「あ〜〜〜〜、もう暫くは動きたくないよぉ……」
自室に戻るなり、私は服を脱がずにベッドへダイブした。
枕に顔を埋めるとアロマの香りが鼻腔をくすぐり、何度も寝返りを打つことで、ふかふかの感触を全身で感じて癒される。
「ご主人様、みっともない声を出さないでください」
「うえぇ……? だってぇ……」
「だってではありません。まったく……まぁ、今回は仕方ないですね。四時間後の夕食に呼びに来ますので、それまでゆっくりと休んでいてください」
「ありがとぉ……アリスは優しいから大好きだよ……」
「はいはい、私も大好きですよ。それでは、失礼します」
アリスが出て行く音がする。
これで部屋には私以外いなくなった。
本当はそれが普通のことなんだろうけど、とても寂しく感じてしまった。
それだけ私は、みんなに依存してしまっているのだろう。
「……やっぱり、精神的に参っていたんだろうな」
今は丸く収まったことだとしても、一度は家族に拒絶された。その時から私はレインを心の拠り所として縛っていて、仲間が増えるごとにそれは増していった。
そして、こうして疲れた時には弱い私が顔を覗かせる。とてつもない虚無感。いつかは克服しなきゃいけないことなんだとわかっていながら、絶対にみんなと離れたくないと思っている我儘な自分。
今日、アガレール王国と協力関係を結んだのも、元を辿ればみんなともっと一緒に暮らしていけるようにするためだ。
そのためには、どんな手段を使ってでも迷宮を安全に持続させることが必要だった。
だから、計画が上手くいって内心とても安心している。
ただ一つ、国と協力すると言っても、国ごとの争いに参加するつもりはない。
国に敵が侵入して来たなら迷宮の魔物たちを貸し出すことはするだろうけど、レインやアリス、グレンたち鬼族を出すつもりは、これっぽっちもない。
皆なら楽勝で戦って帰ってくるだろうけど、もしもの時を考えたら怖くなる。
「あはは……ほんと、私は弱いなぁ…………」
配下を心から信頼しておきながら、どこかで不安を感じている。
いつか裏切られるんじゃないかと思ってしまって、大切な配下を少しでも疑ってしまった私自身に嫌気が差す。
「ねぇ、先代。あなたはそれでも人を信じて来たんだよね? 辛いと思った日はなかったの?」
鏡を見て魔眼に問いかける。当然、答えは返ってこない。
「私は怖いよ。裏切られるのが怖いんだ。もう、拒絶されるのも嫌なんだ。……消えてしまいたいと思う、そんな弱い自分も嫌なんだ。ははっ、これを誰かに聞かれたら、きっと幻滅されるんだろうなぁ……」
誰も、こんなのを主人だとは認めないだろう。
配下に本当の気持ちを伝えられないで、一人でずっと悩んでいる主人なんか、誰もついて来てはくれないだろう。
レインは私のことをよく思ってくれているけど、私だってただの人間なんだ。
こうやってすぐに挫けるし、醜い感情を奥底に隠している。
「ああ、ダメだ。これ以上考えたら色々とやばい…………寝よ……」
四時間も寝れば、落ち込んでいた気持ちもそれなりに回復するだろう。
服を脱ぎ、纏めて放り投げる。
そして下着姿のまま横になると、すぐに睡魔は襲ってきた。
それに抗うことなく、私は眠りについた。
◆◇◆
迷宮の百層。
長く続く廊下を、ただ黙って歩く影があった。
計らずとも聞いてしまった弱々しい言葉。
今まで感じることの出来なかった、何よりも大切な人の本音。
「大丈夫です。あなたのことは、必ず守ってみせますから」




