第44話 第二王女
「あ〜、暇だ〜」
豪華なソファに豪華な長テーブル、豪華な飾り、豪華なカーペット。
どこを見ても豪華すぎるその客室で、私は全身の力を抜いてソファに横になっていた。
「王様まだかなぁ? もう帰りたいんだけど……」
「もう帰りたいって……まだ三十分しか経っていませんよ。国の未来を左右する会議なのです。もう少し気長に待ちましょう」
それは理解しているんだけどさ、だからってこっちが暇なのには変わりなくて……ああ、迷宮から遊び道具を持ってくればよかった。
今、みんなでハマっている遊びは『生き様ゲーム』というものだ。
各プレイヤーがサイコロを振って、そのマスに止まった人生を遊戯盤上で追っていく。最後の『ゴール』というところに一番最初に辿り着いた人が勝ち。
毎回違う生き様を見られるから結構これが楽しい。一回一回が長くて暇つぶしにもちょうどいい。
「また紅茶でも淹れますか?」
「いや、流石にもういいかな」
部屋には紅茶を淹れるためのセットが用意されていて、もうすでにアリスの紅茶を五杯も飲んでいた。
だって美味しいんだもん。私が淹れる紅茶とアリスが淹れる紅茶は、飲み比べたら落ち込んでしまうほど格が違う。それで王宮に用意されている最高級の茶葉を使ったなら、もうやばい。語彙力がなくなるぐらいやばい。
「──ふむ」
不意に押し寄せた感覚。
私は立ち上がり、扉に向かって歩く。
「セリア様? どこへ行かれるのですか?」
「ちょっと、お花を摘みに」
「……? ああ、プレゼントして友好関係を示そうとしているのですね。それなら私もお供させて──」
「トイレだよ! 察しろ言わせんな!」
◆◇◆
騎士の人にトイレの場所を聞いて廊下を歩く。
親切心なのか監視目的なのか、騎士さんは案内をしてくれると言ってくれたけど、流石にトイレまで案内されるのは恥ずかしいので断っておいた。その人もそれを察してくれたのか、何かあったらすぐに呼ぶようにと言ってくれた。
そしてトイレが終わって客室に戻ろうかと思ったんだけど…………
「迷ったな、これ」
感覚で歩いていたら、全然知らない場所に来ていた。
「……ったく、無駄にここは広いなぁ。転移とか出来れば気にしないんだけど、人ってのは本当に不便だよ」
広さで言ったら、王城と私の迷宮の100層は大差ない。けど、移動手段が歩くのか転移なのかでは、まったく違ってくる。
……現に迷っている訳ですし。
千里眼を使えば問題はないんだけど、すぐに戻ってもどうせ暇なので、このまま放浪の旅を続けてみようかと思い、私は一人で王城内を探索し始めた。
「どこかに案内してくれそうな人は…………お?」
そうして王城内を放浪していると、一際雰囲気の違った場所に出た。
そこはお花畑だ。日の光がちょうどよく花に照らされるように設計されているらしく、室内だというのにそこに生えている花たちは生き生きとしているように見える。
「──あら?」
その中心には、一人の女性がいた。
薄い水色のドレスを着た可憐な人だ。髪は私と同じ金色で、それが光に照らされて神聖さを覚えてしまう。
私が中に入って来たのを彼女も感じたのか、それまで閉じていた目を開き、私に意識を向けた。
「見ない顔ですわね。もしかしてお客様ですか?」
「あ、はい……少し道に迷ってしまって、それで彷徨っていたらここに」
「そう、それは災難でしたね」
口元に手を当ててクスクスと微笑む。
立ち上がるのもこうやって笑うのも、全てが整った動きで綺麗だった。
多分、というか絶対にここのお姫様とかだろうなぁ……と思いながら、私は彼女を眺める。と言っても千里眼でですけどね。
「……あ、私としたことが申し遅れました。私は第二王女、シエラ・ウル・オーヴァンと申します」
「これはご丁寧にどうも。私はセリアです。……王女様はどうしてここに?」
「シエラでいいですよ。私はお花が大好きでして、よくこうやって気持ちを落ち着かせたい時に来るのです。ここのお花は全て私が育てているのですよ?」
「へぇ、それはすごいですね。私も花は好きですが、育てるとなると気後れしてしまいます」
広間を埋め尽くすほどあるここの花は、どれも元気だ。
それを育てているのは、素直に賞賛できることだと思う。
「そこまで難しいものではありませんよ? ……そうだっ、貴女も父親の用事で来ていてお暇でしょう? よかったら、あそこのベンチでお話し相手になってくれませんか?」
ああ、そうか。この子は私が連れられてここに来たんだと思っているのか。
……ま、普通はそう考えるだろう。誰もこんな女の子が王様と国の未来を決める提案をしに来たなんて思わない。
それにしてもどうしよう?
レインとアリスを置いて来ている訳だし、私がいつまで経っても帰ってこなかったら心配するに決まっている。
だからって姫様のお誘いを断るのも気がひけるし、友好関係を築くのにちょうど良さそうだ。
「ええ、わかりました。私で良ければ、お話し相手になりましょう」
「ありがとうございます……私と同い年くらいの人と、気兼ねなく話してみたいと思っていたのです。それが叶って嬉しいですわ。……さぁ、どうぞ」
そう言って姫様は手を差し伸べてきた。
「……?」
「ああ、申し訳ありません。見た感じ目が不自由なのかと思い、手を差し伸べたのですが……見えていないのではそれもわかりませんよね」
あ、そういう意味の手だったのね。てっきり握手を求めて来たのかと思ったから、いきなりなんだろう? って疑問に思っちゃった。
ただの客人である私に優しくしてくれるなんて、この人は優しいんだね。
てっきり、こういった上に立つ人は性格が悪いのかと勝手に想像していたけど、それは間違いだったみたいだ。
姫様は優しく包み込むように私の手を取ってベンチへと誘導してくれる。
……ここまでされてしまったら、実は見えていましたなんて言えないな。今の所言うつもりはないけれど。
まだ完全に協力関係になると決まった訳ではないのだし、断られたら敵同士になるかもしれないん。
あっちは本心で仲良くなろうと思って接してくれているみたいだけど、私がそれに応えられるのは、今王様たちが話し合っていることの結果が出た後になる。
それまでは頑張って外面を意識して保ってなきゃならない。
一応、ここの第二王女様だからね。粗相したりしたら国家問題になりかねない。
こうして私達は花に囲まれながら、ゆったりとお話しをしていた。
と言っても、ほとんどは姫様が話し、私がそれに相槌を打つだけだったけれど、それでも話し上手な姫様の相手をしているだけで楽しいと思えた。
「それでですね、家庭教師はみんな、王女様なんだからこれが出来て当然。って言ってくるんです。──何ですかそれ! 私だって最初から全て知っている訳ではないのに、出来なかったら──え? こんなのも出来ないのですか? とか……出来たら出来たで──出来て当然ですって……もう嫌になってきます!」
「わかります。最初から出来ていたら、勉学をする意味なんてないですよね。それが出来ないから家庭教師を雇うのに……」
「そうなんですよ! それでいて妙にプライドが高いのも悩みなんです。少し難しい課題を出されてそれを提出すると、出来たことが面白く感じなかったのか、次はもっと難しい課題を持ってくるのです。──家庭教師なら褒めてください! と、いつも心の中で叫んでいます……」
「シエラ様も大変なんですね……だからお花畑を?」
「はい……少しでも気が落ち着けばな、と思って始めました」
「それでここまでやれるなら、ふふっ……シエラ様は才能があるのかもしれませんね」
「……ありがとうございます。そう言っていただけると、これを続けてきた意味があると思えますわ。政治を継いでからも、これだけは続けたいと思います──っと、ごめんなさい。いつの間にかただの愚痴になってしまいました……」
「いえ、聞いてて楽しいので、お気になさらないでください」
これは本心から言ったことだった。
お話しを始めて三十分くらい経ったかな? それでもまだこの人とおしゃべりしてもいいな、と思っていた。
記憶を辿ってみれば、私は今時の人間の女の子と会話したことがなかった……おい、ぼっち言うな。
だから、新鮮なこの感じを愛おしく感じているんだろう。
「……そろそろ、セリアさんのお父様も用事が終わる頃合いですか?」
「あー、どうなんでしょう。一度、戻らないとわからないですね……」
「そういえば、道に迷っていたと仰っていましたね……よしっ、ここまで付き合ってくれたのですから、お礼……と言っては何ですが、私に案内をさせてください」
「本当ですか? それはありがた──」
《セリア様、会議が終わったとのことです。今、アリスとそちらに向かっているので、少々お待ちください》




