第42話 乗り込み
計画通り迷宮を一番被害のなさそうな場所に移動させた。
王宮の方もすぐに異変に気づいたのか、次々と兵士が迷宮の周りを囲い始め、常に警戒状態で入り口を見ていた。
私はアリスの魔法で気配を消し、堂々と裏口から出て、王城に先行しているレインの元に向かう。
グレン率いる鬼族の皆は、何かあった時のためにお留守番だ。
正直、この国程度の戦力を相手にするとしても、こっちはレインだけで十分に事足りる。
それほどの戦力差があるとわかっていても、私は油断しないように気を引き締めていた。
「……ご主人様、そろそろ緊張を解いていただけますか? それでは威厳も何もあったものではありませんよ」
「う、うっさい! べ、べべ別に緊張していないし、気を引き締めているだけですしぃ!?」
そう、私は気を引き締めているだけなのです!
初めて偉い人に会うから緊張している、とかそんなことは断じてないんだから。
「……では、それをもう少し緩めていただけますか? これからはこのような場面も増えるでしょうから、さっさと慣れてくれないと、皆に笑われてしまいますよ?」
そう言われて、なぜかマトイが私を指を差してゲラゲラと笑う姿が思い浮かんだ。
──あ、確かにそれはムカつく。
というか、あいつも魔王だったな。普通にめちゃくちゃ偉い奴だったな。
《セリア様、面会の許可がおりました》
と、レインからの念話が届いた。王様との謁見の許可をもらうため、レインだけは先に行ってもらっていたのだ。
まだ完全に念話を覚え切れていない私は、レインの念話に応えることができない。心の中で「了解」と返答し、目の前に見えてきた王城へ向かう足を早める。
その後、門の前で待機していたレインと合流を果たし、騎士たちに囲まれながら私たちは案内される。
ちなみに、これ以上変に警戒されないために、今は目を閉じたまま歩いていた。問題なく受け答えする私に案内の騎士たちは怪訝な顔で見てきたけど、何かを言ってくるのではなく黙ったままで、終始その状態が続いた。
レインはフードを脱ぎ、角と尻尾を隠していなかった。
これは一種の警告でもある。そっちが何かすれば、こっちの配下も黙ってはいない。そういうのを理解させるため、わざと隠さないように言っておいた。あとはトラブルを事前に回避するためでもある。尋常ではない風格のレインに、わざわざ喧嘩を売る馬鹿はいなくなることだろう。
アリスはいつも通り、ロングスカートのメイド服だ。……見た目はいつも通りってだけで、中には暗器とか沢山用意しているのだろう。怒ると一番やばいのは、間違いなくアリスだ。
まだレインよりは我慢強いから安心出来るんだけど、私の直感が嫌な予感を警告していた。
……とにかく、今回は二人が暴走しないように私も最大限注意しなければならない。
作戦を決行する時に、何も話さず、命令しない限りは何も動くな。と伝えてある。
それでも心配なのは心配なのです。
「…………着きました。この先が王座の間です」
「ふんっ、下等生物の王程度が、王座の間を作ろうなど──いてっ」
早速、爆弾を投下してくれたレインの後頭部を、私は全力で叩いた。
「くぉらレイン! 変に挑発するなと言っているでしょ! ……コホンッ、うちの者がごめんなさいね」
「い、いや……気に、するな……」
めちゃくちゃ怒った様子だった騎士さんは、思い切り叩かれたレインに面食らったのか、困惑しながら許してくれた。
……よかった、優しい騎士さんで本当によかった。無駄にプライドが高い騎士とかだったら、下手したらここで戦闘沙汰になっていたところだった。
「レイン、後でお仕置き。明日は私の部屋に入るのを禁止ね」
「──無礼を謝罪する。本当に申し訳なかった。この通りだから、どうか貴様の口からもお仕置きは勘弁してやってくれと言ってはくれないだろうか」
「え、あ、はぁ……」
「おいこら、騎士さんが困っているでしょうが。わかった。お仕置きは別のやつにするから、騎士さんに詰め寄るのをやめなさい」
なんだその態度の変わり様は。どんだけ私の部屋に入れないのが嫌なんだよ。
ほら見ろ、アリスも笑いをこらえるのに必死になっているぞ。
……まったく、これから謁見だというのに、この緊張感の無さはなんなのだろう。
こっちの方が私達らしいって言えば、そうなんだけど……まあ、いいか。おかげでずっと感じていた緊張感もなくなってきたし、ある意味レインの素直さに助けられたのかな?
それでもお仕置きはするけどね。
「……それではどうぞ中へお入りください」
騎士がそう言ったタイミングで、私の何倍もある大きな扉が重い音を立てて開かれた。
中にはざっと見た感じ数百の騎士が綺麗に整列していて、最奥には豪華な椅子に座った、これまた豪華な衣装を着た男性がいた。
どう考えてもあれが王様だろう。魔眼で覗き見させてもらうと、王様の名前がその人の頭上に浮かび上がった。
なんと、魔眼はこんな便利な機能も付いているのです。どうです? すごいでしょう? あげないよ。
……にしても、王様はもっと歳がいっているかと思っていたけれど、意外と若い。
見た感じ、ざっと40歳くらいかな? ダンディーな初老って感じがして、なんか様になっている。
私も長年やっていたら、あんな感じになれるのかしらね。王様と仲良くなったら、ちょっとずつ上に立つ者の態度とかを教えてもらうのもありかもしれないな。
と、いつまでも止まっているのも失礼だよね。
…………では、行きますか。
ここまで案内してくれた騎士に軽くお辞儀をしてから、私はアガレール王国、玉座の間へと足を踏み入れる。
中にいる全員の視線が私に注がれるけど、どうにか平常心を保って歩き続けた。
その後にレインとアリスも続く。二人とも先ほどの気楽な雰囲気から一転して、出来る配下のような雰囲気を出していた。
……え、なにそれかっこいい。なんか強者の余裕ってのが感じられて、思わず見入ってしまいそうだ。その雰囲気の出し方を私にも教えてくれません?
そう思っている間に、私は中心部まで来ていた。これ以上進んだらダメな予感がビンビンに伝わって来たので、そこで止まる。そして、スカートの裾を軽くつまみ、優雅にお辞儀した。
「急な訪問に応じてくださり、感謝いたします。私は迷宮の主、セリアと申します」
──っしゃ! 綺麗にいけたぞ!
この日のために何時間も練習したおかげじゃい!
内心喜びながら、千里眼を使って相手の出方を見守る。
……なぜか王様は驚いた顔をして固まっていた。その顔に『びっくり!』って書かれているのかと見間違えてしまいそうなほどわかりやすかった。
……。
…………。
……………………。
あの、早く返事くれませんかね?
お辞儀の格好を続けるのって、意外とキツいんですよ。
「──おい、人の王。我が主にその体勢はキツそうだ。さっさと反応しろ」
「はっ、す、すまない……予想していた人物とはまったく異なる者が現れたのでな。少々、驚いてしまった。──我はアガレール王国25代国王、ガイウス・ウル・オーヴァンである。セリア殿、どうか頭を上げてくれ」
言われた通り、私は姿勢を直す。
またレインがやらかしたと思ったけど、問題にはならなそうで安心した。
ほんと、面倒事だけは避けたいから慎重に行きたいんだけどね。心臓がばっくばくなんですけど。
「感謝いたします。……レイン? 今回は助かったからいいけど、あまり目上の人に対してそう言うのは気をつけてね」
「お言葉ですが、今回はご主人様の方が地位は高く、先ほどのはあちらの方が無礼でした。名も名乗らず、どうしたら穏便にこの場を終わらせるか。そんなことしか考えられていない者に、ご主人様が無理をする必要はありません」
──え、ちょ、アリスさん?
「アリスの言う通りです。それに、ここの王は賢王と言われるだけあって、己の立場も理解している様子。むしろ、この程度のことを理解できない賢王の配下どもは、はっきり言って話になりません。国を守る立場の者が、いらないプライドで剣を抜こうとは……愚かとはこのことですね」
あらら、レインが人を褒めるなんて珍しい……じゃなくてね?
え、なに? なんで二人ともそんなに怒っているの?
千里眼で周囲を見ると、騎士たちは好き勝手言っている二人に向かって、すでに剣を向けていた。侮辱されたことに全員が怒り、そして正論だったことに歯をギリギリと鳴らしている。
…………なんかすでに帰りたいんですけど。
え、だめ? ですよねぇ。




