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第41話 王の苦難

 ──アガレール王国。


 数多くの商業が発展するこの国の中心部、そこに高くそびえ立つ王城の一室で、私──ガイウス・ウル・オーヴァンは大量に積まれた書類を眺めて頭を抱えていた。


 それに書かれているのは最近、突如として変貌を遂げた迷宮についてのことだった。

 冒険者に調査の依頼を出し、補助として王国騎士団の一部を出動させた今回の件。

 結果はこちらが多大な被害を出し、大した情報も得られない形となって終わった。

 今は実際に迷宮へと赴いた冒険者からの報告書を読んでいるのだが…………


『めちゃくちゃ強かった』

『いい武器がたくさん手に入った』

『王国騎士団のねぇちゃんが可愛かった』

『物価を安くしてくれ』

『お腹すいた』

『昨日フラれた。けれど、何度でもチャレンジしてやる!』

『昨日、気持ち悪い男に告白されたから断った』


 幾ら何でも幼稚すぎるだろう。

 少し、というよりもかなり心配になってきた。


 確かに我が騎士団には美人が多いが──って違う違う。

 幼稚なのは百歩譲って良いとしよう。だが、後半はなんなのだ。ただの愚痴ではないか。


 最後の二つは思いっきり関係しているではないか。

 名も知らぬ男よ。絶対に希望はないから諦めろ。


 ……なんで、人生相談のようになっているのだ。


 それに比べて騎士団の報告書はわかりやすく、安心出来るものとなっていた。

 いや、わかりやすいからこそ、私は頭を抱えることになっているのだ。

 なぜなら、そこに書かれているのが到底信じられないことだったのだから。


「目の前で変異した迷宮、異常に強く連携を知っている魔物、一層から取れたとは信じられない性能の装備…………どう考えても異常すぎる」


 目の前で変異したというのはタイミングがよかったからと言えなくもないが、他の二つはどうしようもない。

 魔物の中にも連携を取ろうとしてくる種はいる。だが、それは知能のある魔物だけだ。

 報告にあったのは、魔物の中でも最弱と言われているゴブリンだった。奴らは単独で行動することが多く、それでいて個々の脅威は低い。吉か凶か繁殖能力だけは高く、数は多い。そのため、冒険者になったばかりの者や、騎士団では見習い兵の訓練として多く狩られる。


 ──食う、寝る、殺す。それくらいのことしか考えられないゴブリン。それが連携して調査隊に襲いかかった。それを見た兵士からは、まるで軍人のような統率だったと賞賛の声も上がっているとのことだ。


 非常に珍しいことだが、ゴブリンも連携する時はある。


 それはゴブリンを束ねる存在──ゴブリンロードが誕生した場合だ。もしそいつが誕生したとわかれば、即座に討伐隊を組み上げ、多大な被害を覚悟して作戦を決行する。


 ──もしや、かの迷宮の主はゴブリンロードなのでは?


 そう疑った私は、次の報告書を読んで考えを改めることになる。

 統率というのを考えない下位の魔物も、ゴブリンと同じように統率を組んでいた。

 しかも、階層が増すたびに連携の質がよくなっていった。


「……ありえない」


 私は書類から目を離し、執務用の椅子にもたれかかるように座った。

 そう、ありえない。

 魔物は敵同士。それが一般常識であり、覆されない事実なのだ。

 だが、騎士団の何人もが報告している事実をその一言で片付けてしまうのは、些か問題があると考える。だからこそこうして悩むことになっているのだが…………


「再度、調査隊を送り込むか……? いや、これ以上の被害を我が国から出すわけにはいかん」


 ここ数年で民から『賢王』と言われるようになった。そんな私がここまで悩んでいる。

 しかもどうすればいいかという案はこれっぽっちも浮かんできていない。

 冒険者ギルドから「例の迷宮の内装が急激に変化した」と聞いた時は、そんなに問題はないことだろうと思っていた。それがどうした。こんなにも悩むことになるなんて誰が予想する。


 もうダメだ。一度、茶を飲んで休憩を…………と思ったその時、


 ──ゥウゥウウウウ。


 こうして平和な暮らしが続き、滅多に聞かなくなった警報の音。


「──っ、なんだ、何事か!?」


 数年も聞いてなかったその音に一瞬反応が遅れた私は、部屋の外に待機しているであろう護衛の騎士を呼ぶ。


「し、失礼します!」


 すると、ノックもなしに部屋の扉が乱暴に開かれる。

 普通はその無礼に何かしらの罰を与えるところだが、今は緊急の時。私自身も焦っていたので、そんなことどうでもよいと感じていた。

 入ってきた兵士は簡易的な敬礼をすると、私に跪いてことの顛末を話し始める。


「オーラム広場に突如として迷宮が出現しました!」

「……………………は?」


 迷宮が出現?

 この者は何を言っているんだ。そんなことが────


「なん、ということだ……」


 オーラム広場は我が国で一番広い広場だ。それは今いる部屋からでも眺めることができるので、締め切ったカーテンを開けて確認をする。

 そして目の前に広がった光景を見て、私は言葉を失った。

 それは報告の通りにあった迷宮だった。


 天を貫くような禍々しくそびえ建つ漆黒の塔。


 眼下に見える民は慌て、逃げ惑っている。

 それを見て私は我に返った。


「すぐに避難誘導をしろ! お前は冒険者ギルドと連絡を取り、騎士を集めて迷宮の警戒に努めよ!」

「──ハッ!」


 兵士が出て行き、私はすぐに側近を呼ぼうとしたところで、


「失礼します!」

「次はなんだ!?」


 先程の兵士とはまた別の兵士が部屋に入ってきた。


「お、王と謁見を求める者が──」

「そんなの後にしろ! ええい、こんな忙しい時に……! いったい誰だその馬鹿は!」

「その者は迷宮の主人と名乗っており──」

「はぁ!?」


 意味がわからなかった。なんで迷宮の主人がこのタイミングで謁見を求めて来るのか。いや、むしろこのタイミングだからこそ謁見に赴いてきたと考えた方が正しいのか。

 というか迷宮の魔物は例え迷宮主であろうと外に出られないのではなかったのか? だとしたら偽物の可能性もあるが、それをする利点が見つからない。


 ……なんにしてもここで断ってしまっては、とても面倒なことになる。王として君臨してきた私の直感がそう言っている。


「……すぐに用意する。直ちに王国騎士団を玉座の間に集めよ!」

「──ハッ!」


 ようやく一人になった空間。私はもう一度、オーラム広場に現れた迷宮を眺める。

 それは依然として異様な雰囲気を放っている。


 ……もし、本当に迷宮主が自由に外へ出られるとしたら?


 あの迷宮は前から『最高難易度』として認定されてきていた。普通の迷宮と異なっている点があっても、なんら不思議なことではない。


 では、その迷宮主と同じく、迷宮の魔物が自由に外に出られるとしたら?


 ……その場合、ここは瞬く間に戦場と化す。ただの魔物の集団なら、それほどの被害を出さずに事を終えるのは可能だ。

 しかし、報告書の通りならば、あの中に住む魔物は軍のような結束を持っている。冒険者と王国騎士団が混合された調査隊が敗北したほどの難易度。最悪の場合、こちらの敗北もありえる。

 そうなればこの国は終わりだ。魔物は食も繁殖もいらない。人間はただの邪魔者として殺される運命になるだろう。

 それは国王として絶対に避けなければならない。


「絶対に、そうはさせない……」


 私がどうなってもいい。

 命を賭けることになってでも、愛する妻と子供たちの未来のため、私は王として務めを果たすために玉座の間に向かった。

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