第40話 作戦会議
「何をやっているのですか」
私が目を覚ました時、側にはアリスがいた。
そして、開口一番の言葉がそれだった。
「誠に申し訳ありませんでした」
私はベッドの上で姿勢を正し、深く土下座をした。
「はぁ……ご主人様の暴走癖は今に始まったことではないので、別に怒ってはいません。……でも、本当に心配したんですよ」
「……うん、ほんとごめん。もう二度と無茶はしないよ。約束する」
「はい、約束です。破ったら怒りますからね」
一瞬だけアリスが見せた悲しそうな表情。
それを見た時、私は胸が締め付けられる感覚がした。
だから、もうこんなことはしない。
……そう心に誓った。
「お体の方はもう大丈夫なのですか? 痛みがなくなったら結合は完了だ。とマトイ様は仰っていましたが……」
ああ、そういえばもう痛みを感じないな。
目を閉じて集中する。
「…………うん、大丈夫そうだ。今のところ体に異常はないし、十分に動けると思うよ」
「そうですか、それはよかったです」
アリスは安心したように微笑む。表面では何もなかったように演じているけど、ちゃんと私のことを心配してくれていたとわかって、とても嬉しい気持ちになる。
……そういえば、マトイはどうしたんだろう?
これもマトイを結合したおかげなのか、近くにいる気配はしなかった。
《もしもし、マトイ?》
それがわかった私は、早速マトイに念話で話しかける。
初めて使う念話だったけど、不思議と最初から使っていたかのように、体が使い方をわかっていた。
そのことに変な違和感を覚えるけど、脳内に響いてきた幼い元気な声でその疑問はどこかへ行ってしまう。
《おおっ! その声はセリアか! ちゃんと念話が使えるということは、結合は問題なく出来たようじゃな。ははっ、これで一心同体じゃのう!》
そう言われると照れるんですけど……まあ、本人が嬉しそうならそれで良いか。
《おかげさまで私は大丈夫だよ。……それで、急なんだけどこっちに来ることって出来るかな? 前の話のことをみんなに詳しく説明したいんだ》
《例の国取りのことじゃな? ……あいわかった。今は昼飯を食べているのでな。もう少ししたらそちらに赴こう》
ああ、そうか。長い間気絶していたからわからなかったけど、今はお昼時だったのか。
……そう思ったら私もお腹空いてきた。
《りょーかい。こっちも今からお昼ご飯食べるから、ゆっくりでいいよ。それじゃあ、また後で》
念話を切る。
──くぅううう。
それと同時に、可愛らしい音が私のお腹から聞こえてきた。
「…………お腹が、空きました」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、私は素直に告白した。
「ご安心を。ちゃんとご主人様の分も作り置きしてありますよ。……では、温め直してくるので、着替えてからリビングに来ていただけますか?」
「はーい」
適当に返事して、クローゼットの中から動きやすい私服を取り出して着替える。
それでリビングに転移しようとした時…………。
──ドクンッ。
「っと、と──いでぇ!?」
不意にバランスを崩した私は、受け身を取れないまま地面にすっ転んだ。
まだ成長した体に完全には慣れていなかったのかな? それに、さっきの胸のざわつき…………まさか!
…………成長した、体……チラッ…………胸は、成長していないんですね。ちくしょう! 胸に違和感があったからもしかしたらって期待したのに!
──どうやら私に救いはないようです。
そんな絶望の現実を突きつけられた私は、気を取り直してリビングに転移し、アリスの作ってくれたお昼ご飯を食べて満足したのだった。その時には、もう先ほどの違和感のことを覚えていなかった。
◆◇◆
「──では、会議を始める」
円卓に備えられている椅子にどっかりと腰をおろし、なるべく偉そうな声を出す。
ここは迷宮の百層に設置されている会議室。
中には私の他にレインとアリス、配下代表のグレン、そしてマトイがいた。
なぜか全員が私のことを呆れた目で見てくる。
……どうしたみんな。私の迫力に圧されて声も出なくなったか?
「なーにを偉そうにしておるのじゃ。まったく似合ってないからいつも通りにせい」
「──ぬっ!?」
「だ、大丈夫です! 無理してかっこよくなろうとしているセリア様も、最高です!」
皆の意見を代表して言ったかに思えるマトイの後に、レインが慌ててフォローしてくれる。
…………いや待て。よくよく考えたら、それフォローになってなくね!?
「──コホンッ。き、気を取り直して、これから会議を始めるよ。内容は前に話した国取りについて。私の考えたことに対して、みんなは意見を言ってくれると助かる」
「…………その前に一ついいか?」
「どうぞ、グレン」
「国取りをすることに関しては反対ではない。だが、難しいと思うぞ。もし取れたとしても、国には色々と面倒な政治がある。セリア様はそれを管理できるのか?」
「無理」
「…………お、おう……」
即答で否定した私に、グレンはなんとも言えないような表情になる。
いやだってさ。たかが村娘に国の政治ができる訳ないじゃん。というかこっちからそんなの願い下げだよ。
「グレンの疑問の通り、私は政治は一切できない。だから私は、表面上の協力関係を築こうと思う」
予定としてはこうだ。
まずは迷宮を移動させ、迷宮とアガレール王国を同化させる。やり方としては、迷宮の影響下となる範囲を広げればいいだけ。その分、魔力は消費することになるけど、中の人から体に異常がない程度に魔力を吸い続ければ、十分お釣りがくるレベルで魔力の回復が見込める。
次に国王に「この国を守護するから、迷宮を国内に置かせてくれ」と直談判しに行く。
ここで拒否された場合、少し手荒なことをさせてもらうけど、殺すようなことをしなければ話は聞いてくれると思う。
そして表面上の協力関係を結ぶ。そうしてゆっくりと時間をかけて、完全に迷宮との結合を完了させる。
これで誰にも気づかれずに国を侵食できるという計画だ。
これだけを聞けば、迷宮は何でもありだと思われるかもしれない。
実際、その通りだ。やろうと思えば、どこにでも移動は可能だった。
でも、国の中に作ってしまうと、他国の冒険者が迷宮に入りづらくなってしまい、結果的に冒険者の数が減る。
人と協力を結び、国を侵食して迷宮化させようと考えない限り、迷宮はどこにも属さない場所に置いた方が、効率が良い。
だから人が住む国だったり、街だったり。そこに迷宮がないのはそれが理由だったりする。
「……なるほど。だが一つ問題がある。魔眼の継承者であるセリア様に、国王が最後まで抗う可能性がある。それについてはどうするんだ? 相手側に被害を出さずに交渉しても、魔眼という先入観が邪魔をするぞ」
「ここの国王は賢王と呼ばれている。誰よりも民のことを考え、民からの信頼も厚い。そんな人が利益になる話を魔眼ってだけで一蹴するとは思えない」
「高圧的に支配した方が良いのではないですか? 最悪、能力を使うというのもありかと」
「攻撃的な支配は、やがて反逆の種になる。能力を使うのも却下だ。最初は問題ないかもしれないけど、後ですれ違いが起こることが心配だ」
前世でアニメとか小説を読んでいた時のことだ。
攻撃的な支配をしていた国は、圧倒的な軍事力を持っていたけど、やがて問題が浮き彫りになって、どれも同じ破滅の道を辿っていた。
だから、私は圧政ではなく、なるべく平和的に協力しようと考えている。
「もしダメだった場合はどうするのじゃ?」
「その時はまた一から考えるよ」
本当にダメだったら、私がもっと頑張れば良いだけ。
失敗すれば国を敵に回すことになるし、魔眼のこともバレて面倒なことになるけど、全ての道が途絶える訳ではない。
それに、そうなっても私にはどこまでも一緒と言ってくれた二人の従者がいる。レインとアリスがいてくれる限り、私はどこまでも頑張れる。
「穴だらけの作戦じゃが…………気に入った! 妾もできる限りのことは協力しよう。それが約束じゃからな!」
「……ま、仕事は増えるだろうが楽しそうだ。俺も乗った」
「我は元からセリア様の考えに付き従うと決めていた。こうして決まったのであれば、我も死力を持って臨みましょう」
「私もご主人様と共にあると誓った身。ならばレイン様と同じく、命尽きるまで仕えるとしましょう」
それぞれが私の計画に賛同してくれた。
少しは反対されるかと思ったけど、みんなは私のことを最初から信じてくれていた。
私は立ち上がって頭を深く下げる。
それはただ単純に照れた顔を見せるのが恥ずかしかったからかもしれない。でも、こうして言葉を伝えることは大切なことだとわかった。
あの日、お父さんに拒絶されて逃げた時、私は何もお礼を言えなかった。それでもレインはついてきてくれたし、私はそのことを今でも感謝している。
……今度こそ、私は態度ではなく、言葉で伝えたいと思った。
だから、私はこうして感謝の意を示す。
「みんな、本当にありがとう……!」




