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第35話 迷い

「──あ、セリアさん! いらっしゃいませ!」


 翌日、私はレインを連れて王都の冒険者ギルドまで来ていた。

 中に入った時、カウンターで暇そうにしているセーラさんが私達を素早く見つけて手を振って来た。

 相変わらずな受付嬢に苦笑しながら、私はそっちに向かって歩く。


「セーラさん、こんにちは……」

「はい、こんにちは! レインさんもお久しぶりです!」

「ああ、久しいな。変わりないようで安心した」

「心配してもらえて、光栄です!」


 レインが親しそうに話している。他人に無関心なレインが、このような姿を見せるのは珍しくて、成長した子供を見るかのような母親の気持ちになってしまう。


「今日はお二人揃っていて珍しいですね」

「そうですか? ……うん、言われてみればそうですね」


 いつもはレインだけ情報を集めに来ていた。だけど、情報集めをスイレンに任せるようになってから、こうして一緒に行動することが多くなっていた。あの時、グレンの前で再度誓った時のことを、強く意識しているんだと思う。


 ……いや、単に心配されているだけか。


 マトイに言われたことの答えは、まだ出ていない。

 ここの人達を殺すのは簡単だ。それだけ今の私と普通の人とは、全てが別格となっている。

 それは人間を辞めたと言える。でも、私はまだ人であるつもりだ。

 人を殺したくないと綺麗事を言っているけど、もうすでに何人かは私の迷宮で死んでいる。それを利用して迷宮の維持を続けているのは確かだ。……用は気持ちの問題。


「セリアさん? 大丈夫ですか?」

「…………ああ、大丈夫です。少し、考え事をしていました」

「そうですか。無理だけはしないで下さいね」

「ええ、ありがとうございます」

「それで、今日は何用ですか? ……あいにくのところ、お二人に見合った依頼は来ていないんですよ」

「そうですか……でも、今日は依頼を受けに来たのではないんですよ。ただ、近くに来たので様子見がてら寄っただけです」

「ならちょうどよかったです。私も今は休憩中なので、お話でもしましょうか。──ささっ、お二人もどうぞ」


 私とレインは促されるまま椅子に腰掛ける。


 そして、最近の出来事について色々と話した。仕事とは全く関係のない、完全なオフの会話。いわゆる女子会のようなものが、男だらけの冒険者ギルドで開催されていた。


「……セリア様」


 セクハラが酷いとか、よく口説かれるとか、女性らしい愚痴で盛り上がるセーラさんに相槌を打っていると、不意にレインに腕を引っ張られた。

 何かを言いたげな表情をしているけど、一向に話そうとはしない。……ってことは、あまり聞かれたくない系の話だな。

 セーラさんに断りを入れてから、部屋の隅まで移動する。


「いきなりどうしたの?」

「やはり、今日は帰ったほうがよろしいかと思います。……昨日のこと、まだ悩んでいるのでしょう?」

「…………いや、帰らないよ。悩んでいるからこそ、外に出てゆっくりしたいんだ。どうか私のわがままを聞いてくれるかな?」

「そう、ですか……わかりました。決して無理だけはしないで下さい。……話していて喉が乾いたでしょう。ちょっと酒場から飲み物を貰ってきます。セリア様は果実水でよろしいですか?」

「うん、ありがと」


 完全に気を使われている。情けない主人だと自覚しているけど、今はその気持ちをありがたく受け取っておこう。

 走って行く従者の背中に微笑んでから、私はセーラさんのところに戻る。


「突然ごめんなさい。どうやら、レインが気になったことがあったらしくて……」

「気になることですか……まさかあのことでしょうか?」


 適当に話を作ったら、セーラさんが神妙な顔で考え込んだ。


 ……え、なんだその反応。予想外すぎて驚きなんですけど。


「あのこととは……?」

「えっ? あ、すいません。違うことでしたか……」

「構いません。それで、何かあったんですか?」

「…………うーん、あまりこのような問題は公表せずに、こっちが適当に処理するのですが……まあ、セリアさんだから大丈夫でしょう」


 ぶつぶつと何かを呟いた後、ちょいちょいっ、と手招きされた。あまり大声で話したくない内容なんだろう。

 私はセーラさんに近寄って、耳を貸す。


「実は最近、セリアさんを探している男性がいるんですよ」

「……私のことをですか?」

「はい、最初は何か用があるのかなぁ、と思ったのですが、あまりにもしつこいので警戒しているんです」


 え、ストーカー?


 私って何かした…………あー、ハゲ頭大量生産事件のことかな。

 それが当たっているなら、出会った時に色々言われて面倒なことになってしまうかもしれない。


「ちなみに、頻度の方は……」

「ほぼ、毎日」

「うっわ、マジですか?」

「マジです」


 マジなのか。


 それは本当に面倒だな。ほぼ毎日ってことは、今日も来るかもしれないんだよね?

 服装とかはどうなんだろ。あらかじめ知っておけば、接触する前に隠れることもできる。

 後、レインにもこれを話しておいたほうがいいよね。私を探しているなら、その従者であるレインにも近づく可能性がある。誤って殺さないように言い聞かせておかないと。

 ストーカーとはいえ、まだ私に直接の被害を加えていないから、無意味に殺すのは避けたい。


「ちなみに服装は──あっ!」


 不意にセーラさんの視線が私の後方に移り、驚いた声を上げた。


 ……このタイミングでこの反応、嫌な予感がするのは私だけでしょうか?


 仕方がないので、千里眼を後ろに向けて例の人物を観察する。

 その人物の顔が見えた時、私はバッ! と後ろを向いた。


「なんで……」


 その人はボロボロのマントを羽織っていた。この場に慣れていないという雰囲気から、田舎者という印象が強かった。その人物はキョロキョロを中を見渡し、私を見つけて硬直する。


「セリアッ!」


 男性は私の名を呼び、足をもつれさせながら駆け寄って来る。

 その人物を知っているかと言われたら、もちろん知っていると答える。


 でも、意味がわからなかった。


 だって、ここにいるなんて絶対にあり得ない人物なのだから。


 思ってもいなかった出来事に、私だけ時間の流れがゆっくりになったと錯覚してしまう。

 男性が走って来る姿が、異様に遅く見えた。

 私はそれを呆然と見つめて、震える声で小さく呟いた。


「お父さん……?」

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