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第34話 魔王になること

 結果からして、シバは強すぎた。……いや、調査隊が弱すぎたのか?


 最初にシバに辿り着いた冒険者パーティーは、何も出来ずに全滅した。シバが初陣だから張り切って暴走したのかと思ったけど、そうではなかった。次も、その次も、冒険者も騎士団もシバには勝てなかった。


 全てシバの速さに翻弄され、不可視の風魔法によって倒れていく。


 その脅威的な強さが調査隊の全員に知れ渡ったのか、次々と調査隊の面々が引き返してしまった。今残っている調査隊は、死亡した者のみ。

 侵入者を今か今かと待ち構えていた魔物達の中には、様子がおかしいことに気づく者も出始めていた。


 当のシバもおかしいと思ったのか「え、なにかやっちゃいました?」と言いたげに首を傾げている。


 これはアカンと思った私は、直ちにその場で緊急会議を開いた。


「私が知っているシバの強さではなくなっています。これはなんでですか」

「セリア様の進化とやらで予想以上に成長したんじゃないのか?」


 グレンが質問するけど、私はその問いに首を振って否定する。

 私はシバを『支配』していない。だから、進化が起こるなんてあり得ないことなんだ。


「……ご主人様、発言よろしいでしょうか?」


 アリスは思い至ったことがあるのか、恐る恐る挙手をした。私は手で許可を出す。


「おそらく、散歩が原因かと」

「散歩?」

「はい、私とレイン様は、一日ごとに交代してシバを連れ出し、階層で一番広い場所で散歩をしていました」


 それは知っている。たとえ魔物であっても、いつも同じ場所だとストレスが溜まる。だからペットらしくお散歩させてあげよう、ということになっていたはずだ。


「それがどうしたの?」

「やっていたのは散歩だけではありません。前にご主人様に教えてもらったフリスビーという遊びもやっていました」


 フリスビーとは、円盤のような形をした板を投げる遊びだ。

 よく公園とかで犬と飼い主が楽しそうに遊んでいるあれね。


「シバがフリスビーを気に入り、何度も何度も遊んでとおねだりしてくるものですから、私も徐々に本気になってしまい…………」

「あー、待って。理解した」


 次々と激しくなっていく遊び。素早さではレインをも超えるアリスが本気で遊べば、それはもはや遊びではなくなる。……そして、レインも居心地が悪そうにしていることから、同じように本気で遊んでしまっているのだろう。


 つまり、シバは知らない間に訓練をしていたということになる。

 それなら、あの俊敏な動きと異常なスタミナに納得出来る。


「アリスの言っていることに間違いはないかな、レイン?」


 ビクゥ! とレインは体を震わせる。そしてテーブルにぶつけるくらい勢いよく頭を下げた。


「も、申し訳ありません! まさか単なる遊びであそこまで本気になるとは思わず……!」


 そんなにやるってことは、レインも楽しんでいたんだろうなぁ。

 二人が無理しない範囲でシバのお世話をしてくれたのは知っているし、怒るにも怒れない。


「ま、まぁ……なっちゃったものは仕方がない」


 これは予想外の事故で、むしろ戦力が増えたと思って喜ぶべきなんだ。

 二人が謝る必要はない。


「……それで、一番の問題はこの後だ」


 この後の王国や冒険者ギルドの動き、それがどうなるかで今後の迷宮生活が変わっていく。


 人が多く来ないのは別に良い。けど、来なすぎるのはちょっとまずい。


 今のところは私の魔力と、周囲に自然発生した魔物の魔力をぶんどったもの、迷宮に住む配下たちの魔力を微かに吸収することで、この迷宮をなんとか維持しているけど、それもいつかは限界が訪れる。

 自分の魔眼で進化しているとしても、元はただの村娘。

 それが最大級の迷宮を何年も維持できるかと言われたら、それは絶対に無理と言うだろう。


「……つまりは、セリアが今よりも強くなればいいのじゃろ?」

「うん、そうなんだけど、それが難しいんだよね」

「そんなの簡単じゃよ。お主が──魔王になれば良い」

「えっ……?」


 唐突に放たれたその言葉に、私は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「マトイ様! それは──」

「まぁまぁ、落ち着けグレンよ。妾はあくまでも一つの案として言ったまでじゃ。どうするかは、セリアが決めるじゃろう」

「…………私が、魔王に?」

「そうじゃよ。魔王になれば、己の器は格段に上がる。そうすれば迷宮の維持程度、なんてことなくなるはずじゃ」

「でも、そんなに簡単になれるものなの?」


 魔王というのは私とは一生縁がないと思って生きてきた。

 だから、まだ混乱しているんだと思う。


 ──それでこの生活が良くなるなら、なんてことを考えてしまっているのだから。


「生き物、この場合は人間でも亜人でもよいな。その者らの魂を一万。それと、人間に対する憎しみ、人間からの恐怖心。それが統合された時、かの者は魔王の器に選ばれる」


 ということは、マトイも同じように人を恨んでたくさん殺したのか。


 ……いや、今はそんなことどうでも良いか。


「でも、そんなに多くの人を殺すのは……」

「簡単じゃよ。ほれ、お主の迷宮の近くにあるのはなんじゃ?」


 そう言われて気づく。

 マトイはこう言いたいのだと。


 ──()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「……セリア様、我は貴女に全てを委ねます」

「ご主人様、私も同じです。一生ついていくと、そう誓ったのですから」


 悩んでいる私に、従者二人が語りかけてくる。


「レイン……アリス……」


 二人は本当にどこまでもついてきてくれるだろう。それが修羅の道だろうと、文句を言わずに。



「マトイ、ごめん……少し、考えさせてくれるかな?」

「あいわかった。……それでは妾は帰るとするか。もう調査隊とやらは来ないようじゃからな」

「──あ、よろしければマトイ様も夕食を食べていきませんか?」

「ふむ……一緒したいのは山々なのじゃが、今は妾が居ない方が良いじゃろう。それに、早く帰らなければあっちに居る妾の配下に怒られてしまうのでな」


 腰を上げたマトイにアリスが引き止めるが、やんわりと断られていた。

 魔王にも配下は存在する。鬼族のみんなだって、元はマトイに仕えていた。

 でも、苦労はしていなさそうだった。……わがままな性格の魔王に頭を悩ませていたけど、それでもマトイと話している時は楽しそうにしていた。


 ……多分、魔王になっても、この生活はほとんど変わらない。

 それは理解しているつもりなのに、なぜかその道を選びたくない私がどこかに存在していた。

 それになってしまったら()()()()()()


 なんとなく、そんな気がしてしまうんだ。


「……最後にこれだけは覚えておくがいい。妾はセリアの協力者であり、友人だ。そなたがどんな道を選ぼうとも、その関係は消えることはない。…………ではな」


 マトイの姿が消える。


 場は静寂に包まれた。いつもならアリスがさっさと他の仕事に向かうのに、私に遠慮しているのか動こうとはしなかった。レインも同じで、ずっと私の手を握ってくれている。これではあの時と同じだ。


 それなのに私は、俯いて考え込んでいた。


「……それじゃあ俺は、魔物たちの様子を見てくる。終わったっていう報告もしとかないとな」

「ええ、お願いします。……すいません」

「気にすんな。その代わり、セリア様をよろしく頼む」

「はい、承りました」


 従者たちの会話に反応することすら、今の私には出来なかった。

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